glitter




理由はわからない。でも、なんとなく落ち着く。なんとなく安心する。ただそれだけだと思っていた。



(来て、しもた…)



昼休みに入って早々、自分の足は何を思ったのかすぐに三年生の教室がある階へと向かっていて、気がつけば目の前には謙也さんがいる教室の扉。

…ちゃうねん、別にまた泣きたいからとかやないねん。なんちゅうか、謙也さんのところ行きたいなって思ってしまって、弁当片手にわざわざ滅多に来ない二年生の教室なんかに出向いてしもたわけなんやけど、も。っちゅうかなんで来たんやろ、弁当なんて教室で一人で食うたらええだけの話やのに。これやとまるで俺が謙也さんのこと昼飯に誘いに来たみたいな…



「あれ、財前や」

「!ぶ、部長…」

「どないしたん、何か用事?」



突然声をかけられて振り替えればそこには部長がいて、かなりびっくりした。吃る俺に首を傾げた部長は俺の手にある弁当の包みを見ると、すぐに合点がいったような顔をした。



「謙也、でええねんな?」

「えっ…あ、は、はい」

「ちょお待っといてな、今呼んで来たるで」



ふうわりと優しく微笑んだ部長は教室の中に入っていくと、奥の方の席で座る謙也さんを呼んで何かを話しかけた。なんで部長、俺が謙也さんに会いに来たってわかったんやろ。なんて、ぼんやり考えつつも彼らを眺める。すると部長と会話していた謙也さんはすぐにこちらを見て、視線が合った。瞬間驚いたように目を見開いた謙也さんは慌てたように椅子から立ち上がると、ガタガタと机にぶつかりながらも俺のもとへ急いで駆けつけてくれた。



「どないしたんや財前」

「こんちは」

「おお、こんちは。…で、珍しいやん、なんか用か?」

「えっと…その、弁当を、」

「弁当?」

「今日天気ええし、屋上でどうかと思って…」

「…それは一緒に、っちゅうこと?」

「はあ、まあ」

「…い、行く!ちょ、行くから待っとってや!」

「、え、はい」



弾けるように表情を明るくさせた謙也さんに不意に手を取られて、ぎゅうっと握られた。かと思えば、彼はぐるんと踵を返して教室へ引き返し、昼食を持って来ると俺の手を引いて廊下を歩きだした。少し後ろから見つめるその足取りは軽く、なんとなく嬉しそうである。



(、なんや、恥ずかし)



胸の奥の辺りがむず痒い。こんなにあからさまにご機嫌な態度をとられると自惚れてしまうじゃないか。俺が誘ったのが嬉しかったのかな、とか。ただ弁当食べませんかって言うただけやのに、単純で恥ずかしい人や。思わず目線を下に向ける。

ちょっと早歩きな謙也さんのペースに合わせて歩みを進める。暫く階段を上がっていくと、前方に屋上へと繋がる扉が見えてきた。鉄製の重厚なそれのノブを捻りギイッと扉を開いた謙也さんに続き、眩しく開けたそこへ足を踏み入れる。



「ほんまに天気ええなあ」

「…っすね」



青々とした快晴の空が視界を埋め尽くして、その中に俺に笑いかける謙也さんがいる。白く輝く太陽の下に謙也さんはお似合いで、脱色された髪がキラキラと光って見えた。いい画や、と、少しの間惚けていると「こっちおいで」と手招きをされた。それに素直に従い、屋上を囲うフェンスを背に腰を下ろした謙也さんの隣に俺も座った。



「さっき白石がな、最近お前ら仲ええなって」

「え?」

「よお一緒におるやん?うちら」

「あー…そっすね、不本意ですけど」

「え!不本意なん!?」



なんでや!と騒ぎだした謙也さんを無視して弁当を広げる。頭の中にはさっき教室のところで見た白石さんの微笑みが浮かぶ。

周りにわかるくらい、俺って謙也さんと一緒におったんや。確かに近頃急に距離が近くなったような、そんな気もしとったけど、別に特に意識するようなことでもないと思っとったし。それに仲がええっちゅうよりも謙也さんが俺んこと気にして構ってくれるから、俺も慕っとるわけであって…ああそっか、こういうんを仲がええって言うんか。



「…初めてです」

「え?なに?」

「初めてなんすわ、誰かと仲がええって言われるのん」

「…そう、なん」

「俺こんなやから人付き合い苦手やし、友達もおらへんわけやないけどあんま多くないし、」



人に弱みを見せられない質だから、なかなか心を開くことができなくて。話しかけられても無愛想な返事しかできないので同級生からも距離を置かれがちで。だけど別にどうでもよかった、そんなこと。特別誰かと仲良くしたいと思うことはなかったから一人でも気にならなかった。というか、人といても上手な受け答えができないから気を使ってばかりで面倒で、寧ろ一人の方が楽だと思っていた。その気持ちは今も変わらない。

だからこんなに誰かに自分の中に踏み込まれるのは初めてで、自分もこんなに誰かに好感や興味を持つのは初めてだった。泣いたことと言いこのことと言い、謙也さんといると初めてのことが多くて正直戸惑う。でも、やっぱり嫌だとか面倒だとかは思わなかった。



「ほんなら俺、財前の親友一号やな」

「親友?」

「そう、親友」



にいっと歯を見せて顔をくしゃくしゃにして笑う謙也さんに、ついつい噴き出してしまった。親友て、くっさ。



「おお、笑った!」

「え、いけませんか」

「いやいや、ええよ、ええに決まっとるやん!っちゅうか笑った方がええなあ、財前」

「お世辞ですか」

「ううん、ほんまほんま。財前の笑った顔、好きや」



うん、好き。

確かめるように何回か頷き、眩しい笑顔を向ける謙也さんにプツン、と、心臓が音をたてて止まった。

なんだ、なんだこれ。心臓が痛い。きゅうきゅうに締め付けられているみたいに苦しくて、かと思えば急に込み上げてきた名も知らない熱い感情。

あかん、と思った。咄嗟に俯いてぎゅうっと唇を噛み締めたのは、ふっと緩んだ涙腺から涙が溢れるのを止めるため。今の笑顔は眩しすぎて直視できない。心臓に、悪い。



「財前飯食わへんの?」

「食います、よ」

「おかずなん?」

「…からあげ」

「お、マジか!一個くれ!」



人の気も知らないで、そんな呑気なことを言ってくる謙也さんが恨めしい。ふと顔を上げると目の前には輝く双眼がある。その無垢な表情に、なぜだろう、やっぱり泣きそうになった。







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