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翌日、約束通り朝練がはじまってすぐ、俺と財前は一緒に白石に謝りに行った。あの白石のことだから素直に謝れば許してくれるやろとか、そんな風に簡単に考えていたわけだけれど、実際会ってみれば奴はそれはそれはいい笑顔でいて。その瞬間あ、久々にヤバイかもって、思った。



「謙也、俺財前連れてきてって言うたやんな?」

「…ハイ」

「二人で帰れなんて、言ってないよな?」

「…言ってません」



…部長さん怖いんやけど、額に青筋浮いとるんやけど。おかしいな、いつもならサボったくらいじゃこんな怒らへんのやけど…あ、試合近いからピリピリしとるんかも。確かに、2年の俺がサボりとか、ビシッと注意せな後輩に示しつかへんもんなあ。



「財前も。体調悪いんなら部活はじまる前にメールくらい寄越し」

「すんません…」



練習前のストレッチが既に開始されているコートの外で叱られる俺たちを、ちらちらと見てくる部員たちの視線が痛い。肩をすくめて淡々と言って聞かせてくる白石を伺うように見つめると、彼は大きな大きなため息を溢した。



「そんで、もう体調ええんか?」

「あ、はい」

「ほなら無理せん程度に、ストレッチしてきや」



そう言われた財前は隣から控えめに俺を見た。多分、怒られているのは自分のせいなのにとか、そう思って俺を心配しているのだろう。不安そうな表情で動き出すのを渋る財前に小さく苦笑を漏らし、その背中を押す。



「ほら、はよ行かな」

「…けど、」

「俺は白石に怒られるん慣れとるから、大丈夫大丈夫」



にっと笑ってやれば、渋々ながらもコートの方へと駆けていった財前の背を見送る。ちらりと白石を見やると目が合った途端に彼は眉間に皺を寄せた。



「ほんで、お前は部活にも顔出さんと財前に付き添っとったんやっけ?」

「すまん、目ぇ離せる状態やなかってん、あいつ」

「…ほんまに体調悪かったとはなあ」

「な。俺もサボりかと思っとったんやけど、保健室行ってみたらなんとビック、リ…」

「…どないしとったん?」

「…あいつ、ベッドから床に落ちて倒れとってん」

「おお、そら確かにビックリや」



顎に包帯の巻かれた手を添えて俺の話を聞く白石から思わず視線を外した。あっぶな、今財前泣いとったって言いそうになった。あいつ昨日、泣いたことは言わんといてくれって言っとったもんな…これは黙っとかな、男と男の約束は絶対や。

財前との約束はなんとか守ったけれど、それでも本当に心配してくれていた白石に嘘を吐いたことへの罪悪感はやはり拭えない。もやもやとした思いが胸に広がるのを感じていると、ふと白石が俺の名を呼ぶ。それに反応して再び目線を白石と合わせる。



「まあ昨日のことは多目に見るけど、なんかあったならすぐに言いに来てくれや。みんなも心配する」

「それはほんまに、すまんかった」

「それに今週末の試合は結構でかいんやで。仮にも正レギュラーのお前のこれ以降のサボりは認めへんからな」

「わかったわかった。もし倒れても這ってでも来たるわ」

「、頼むで」



白石は俺の肩にぽんと手を置き、困ったように薄く笑った。2年になって早々部長任されて、それに応えようっちゅう責任感とか、部員への配慮とか、ほんまに白石は大変な思いしとるんやってことは知っとる。せやから俺ら2年や他の部員たちもそんな白石やから着いて行こうって、支えたらなあかんって思っとる。…うん、せやのにあんま迷惑かけたら、あかんよな。

ほんまにすまんってもう一度頭を下げてから、俺はストレッチが終わり基礎打ちに入っているメンバーたちに合流した。ラケットを手に軽い準備運動をしていると、いそいそと隣に寄ってきたのは若干肩を落とした財前。彼は俺の真横で見上げるようにこちらを窺ってきた。



「あの、昨日のことなんすけど…部長に、」

「ああ、白石には黙っといたで」

「…そっすか」



周りには聞かれぬように小声で言うと、財前は緊張させていた表情をほっと緩めた。そんなに自分の弱味を知られることに抵抗があるのだろうか。確かに財前は自尊心が高く、常に他人とは壁を作って接しているように思う。自分という城に干渉させないように、外堀を深くしてさらには硬い囲いまで作って、周到に、神経質に、他人との距離を推し測る。そんなイメージが財前に対しては前々から在った。

だから、俺みたいなやつに踏み込まれてしまったこと、やつは後悔してるのかもしれない。そう思ったら例え不可抗力だとしても、無遠慮にズケズケと踏み込んでしまったことがなんとなく申し訳なくて、少し下にある財前の頭をぽんぽんと撫でた。俺を見上げる財前はきょとりと首を傾げる。



「熱、下がって良かったな」

「はい。ほんま昨日はいろいろ、すんませんでした」

「いやいや、俺の方こそごめんな」

「、なんであんたが謝るん?」

「いや、まあ、なんか…うん」

「?」



財前に自覚がないなら、まあええんやけどな。

小さく苦笑を溢し、ぽんと最後にもう一度小さく黒髪に手を置いた。訝しげに眉間に皺を寄せる財前が相変わらずふてぶてしくて、少し笑えた。








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