spoil




「謙也あ」

「なん?」

「じゃあーんけーんほいっ」

「え、え?」



何の前触れもなく、いきなり俺の元にやってきた白石はこれまたいきなりジャンケンなんてものをふっかけてきた。反射的にに俺が突き出したのはグー、けれど白石の手が成すのはパーの形。



「あ、俺の勝ちや」

「いや、なんやのいきなり」

「お前、今負けたやんな?」

「ああ、うん、負けたな」

「ほな保健室行ってきて」

「え?」

「財前迎えに行ってきて」

「え、ええ!?」



え、なんやこれ、前にもこんなことなかったか?すっごい既視感なんやけど、あれや、こういうのっていわゆる、デジャブ。

けれど、今回は前回の時とは状況が違いすぎる。ちょっと迎えに行って連れてくる、なんてそんな簡単な話じゃ済まないのだ。白石さん、俺と財前の関係、絶賛ギスギス中やねんけど?



「な、待っ、白石」

「なんや、文句でもあるんか」

「文句っちゅうか…い、今俺財前とはちょっと…」

「せやから行かせるんやないか」

「ええ?」



え、なんなんこの人、これなんて苛め?

にこにこと、終始満面の笑みを浮かべて俺に無理難題を突きつけてきた白石が悪魔に見えた俺は、間違っていないと信じたい。というか、俺たちの微妙な関係を知っているにも関わらず引き合わせようとするとは、なんて鬼畜なやつだろう。

戸惑いを隠せずに暫く吃っていると、ふと真顔になった白石は深く深くため息を吐き出した。それから腕を組んでズイッと顔を寄せて間近から俺の目を覗き込んできた。眼力ヤバい、なんて圧倒され、思わず顎をぐっと引く。



「アホやなあ謙也。俺お膳立てしとるんやけど」

「痛っ」



呆れたようにそう言った白石は不意に俺に手を伸ばして、額を指で弾いてきた。ピンとうまい具合に撃たれたそこから急激な痛みがじんわりと広がり、思わず涙目になって額を手で抑えた。

なんで俺がこんなことされなあかんのん、乱暴や、理不尽や、白石のアホっ。…後が怖いでこんなん口には出されへんけどな!



「どうせ理不尽や、とか思っとるんやろ」

「うっ…せ、せやかてお前が…」

「(図星かい…)あんなあ、謙也、ちょお聞きや」

「…なんや」

「きっかけくらいは俺にも作れるけどな、仲直りはお前ら二人でしかできひんのやで」



仕方ないなとでも言うような調子の困った顔で、それでも優しく諭すみたいに語りかけてきた白石に言葉が詰まる。

そうか、白石は白石なりに、財前とのこと心配してくれてたんや。この前、「お前ら最近仲良えな」と言った時の白石、ほんまに嬉しそうな微笑ましそうな、そんなあったかい顔しとった。前々からうちらになかなかうち溶けない財前のこと心配しとったから、きっと親みたいな気持ちで財前のこと、俺らんこと見とってくれたんかもしれへん。いや、白石のことやから、絶対そう。

でも、だからといってすぐに「ごめんな」「ええよ」と仲直りできるわけでもなく。ううん、とついつい唸り声が漏れる。



「…せやけど」

「謙也はこのまんまでええの?」

「っ、よくない…」

「ほなら、なんか行動せな。このままやったらなんも変われへんよ」

「…うん」



それは痛いほどわかっている、つもりだ。財前は、自分が悪いことをしたと思い込んでいるのだと思う。キスした後、ごめんなさいって言ってきたから、合わせる顔がないとか思っているんじゃないだろうか。このままでいたら財前は自分で俺から離れていく気がする。距離を置いて、また塞ぎ込んでしまうような、そんな悪い予感が脳裏に浮かぶ。もしかしたらもう二度と笑っても、泣いてもくれないかもしれない。

…そんなの、ごめんや。



「…ありがとう、白石。俺行くわ」

「ん。言いたいこと、全部言ったれ」

「…うん!」



とん、と背中を押してくれた白石に歯を見せて笑う。本当に俺はいい友人に恵まれた。白石さん、さっきは悪魔とか言ってごめんなさい、今度なんか奢ります。

テニスコートを出て、俺は1年から3年まで共通の昇降口に向かって全力で走り出した。途中、何人かの教師や生徒にぶつかりそうになりながらも、ただひたすら駆けた。早く、早く財前と会わな。会って、話せな。

はっはっと多少息を切らしつつ、見えてきた昇降口。わらわらと部活に向かう生徒や帰宅しようとする生徒たちが出入りするそこを眺める。



「…あれ、」



制服姿の生徒たちに紛れて、俺は見知った黒髪を見つけた。さわさわと風に揺れるその髪から覗くのは、傾きはじめた太陽に照らされてピカピカと光る、ピアス。今まさに会いたくて、会いたくて、仕方がなかった可愛げのない仏頂面の、



「ざいぜん!」



財前を見つけたことで少し緩んだスピードを上げて、彼の元へ走った。財前は俺をその瞳で認識すると面食らったような表情で目を見開き、ぴたりとその場に固まってしまった。そんな財前の目の前まで駆け寄った俺は、彼の腕を捕まえようと腕を伸ばす。



「見つけた、ざいぜ…」

「…っ、」



触れようとした、そのときだった。

パシッと乾いた音が腕から鳴る。財前に触れた瞬間、俺の手は払われてしまった。そしてなんと、今度はこっちが驚く番だった。

財前は見開いた瞳から急に、ぼろりと大粒の涙を溢したのだ。



「な、ざ、財前?」



声をかけると、財前は突然右向きに方向転換し中庭の方に駆け出した。ビュンッ、と風が沸き起こるほどのスピードで一瞬にして俺の前から消えた財前に、唖然とするばかり。



(…、逃がさへんっ)



けれど、ここでみすみす逃すわけにはいかない。今日は逃がさない。せっかく背中押してくれた白石のためにも、俺自身のためにも。

暫し立ち尽くしてからはっと我に返った俺は、スターティングポーズをとる。そのまま誰に合図をされたわけでもないが、思いっきり地面を蹴りあげた。テニスでも体育でも、大事な場面以外ではなかなか出さないような本気の走りをした。伊達に浪速のスピードスターの肩書きを持っている俺じゃない。それにしても、こんな全力疾走、久しぶりだ。

風をきり、校舎に沿って財前の後を追いかける。すると本気で駆けた甲斐もあってか、すぐに前方を行く財前を発見。さらに加速すればぐんぐんと近づくその背中にうんと手を伸ばした。



「ざい、ぜんっ…!」

「わっ!」



掴んだ手をぐんと力任せに引っ張ると、バランスを崩した財前が俺の方に向かって倒れてきた。その体をしっかりと受け止めてなんとか踏みとどまると、彼は俺の腕の中ではあはあと荒い呼吸を繰り返した。



「アホかお前、俺に足で敵うと思っとるんか!」

「…そ、んなん、思っとるわけ、ないやろが、ボケ」

「はあ?」

「っ、謙也さんのアホ、離せや!」

「ちょ、ええ、なんでそこでキレんねん!」

「…もう俺なんか放っといてくださいよ、ほんま」



震える声でそう訴えてきた財前は、じたばたと身を捩ったり手足を動かしたりして俺から逃げようとする。

放っとけ、やと…?なんやねんそれ、誰のせいでこんなにもやもやしとると思ってんねん…だいたいお前がいきなりキスなんかしてくるからいろいろおかしなったんやんか。そんで仲直りしたろ思って迎えに行ったのに、逃げるし。…あかん、なんか、いろいろ考えたらムカついてきた。

カチン、と頭の中で何かのスイッチが入った。



「…嫌や」

「…はあ?」

「嫌や、絶対放っといたらん」

「…嫌って、なんやねん、それ」



わけがわからない。俺を振り返り、そんな表情が顔面に貼り付いている財前の手をぐっと握りしめる。そのままくるりと踵を返した。



「ちょおこっち、おいで」







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