授業の終わりを告げる鐘の音が響く。何処か遠くで生徒達の笑い声が聞こえる。目の前で俺を見つめる謙也さんの瞳はゆらゆらと揺らぐから、そこに映る俺の姿もゆらゆら揺れる。目の前で肩を強張らせる謙也さんが何故だか一瞬にして小さくか弱いものになったように見えて、俺は数回瞬きをする。けれど、何回目蓋を下ろして上げてを繰り返しても、視界に映る謙也さんの様子が変わることはない。さっきの、これまでの嫌悪丸出しの態度はどこへ行ったんだ。なんでこんなにも、縮こまるんだ。
なにかがおかしい。
「あん時は頭ん中整理しきれてへんかったから答えられんかったんすわ。せやから今、あの質問の答え言います」
「財前、近い」
「なんで男の俺が男の謙也さんを好きなんか、やっけ」
「せやから、近いって」
謙也さんの顔を覗き込むように、下から顔を突き出すようにして彼をじっと見つめながら淡々と言葉を紡ぐ俺の胸を腕を突っ張り押し返してくる謙也さんは絶対に俺と目を合わせようとしない。睫毛を伏せ顔を横に反らし頑なに俺を遠ざけようと拒む。そんな謙也さんの姿勢に若干の苛つきを覚えた俺は、押し返してくる彼の細い腕を捕まえた。するとびくっと大きく体を跳ねさせた謙也さんは困惑した瞳で俺を見た。
「せっかく話したっとるんに、黙って聞けへんのですか」
「財前、いたい、離して」
「あんたが黙ったら離したります」
そう言って謙也さんの腕を掴む手にぎゅっと力を込めると、彼は眉間に皺を寄せて目をきゅっと瞑る。まるでライオンにでも飛び掛られて死を覚悟する非力なウサギか何かのようだと思った。謙也さんがこの手を、彼を捕まえる俺の手を振り払えないことは絶対にない。だって俺よりも謙也さんの方が力は強いと思うし、仮に無くても俺と同等くらいだろう。本気で抵抗されれば多分、俺は謙也さんを抑え続けることができない。だが、今俺はこうして謙也さんを捕まえていられる。これは彼の意図なのか。否、それは違うと思う。とすると、だ。
「謙也さん、もしかして俺んこと怖いんすか」
「は?…おまえ、何言うて」
「土足でずけずけつけ込まれるんが、怖いん?」
図星。
肩をひくつかせた謙也さんの顔の仮面に亀裂が入って、隙間から当惑する彼が覗いたのを垣間見た気がした。それでも尚、謙也さんはすぐにまた皮を被って俺を睨むと低い声でふざけんなと静かに言った。
「お前、あんま調子乗んな」
「別に調子になん乗ってません」
「俺がお前を怖い?アホちゃうか。なんで俺がお前みたいなんに怯えるなあかんねん」
「さあ」
「根拠もなしにそういうふざけたこと言うとるとほんましばくで。っちゅうか大体俺お前んこと怖ないし、はっきり言ってこうやって絡まれるんにも迷惑被っとるんやけど」
馬鹿馬鹿しいとでも言いたげな表情を装い呆れたようなため息を吐く謙也さんに、何故そこまでして去勢を張るのかと俺は不思議で堪らなかった。まるで何かを隠しているような、心の内を決して見せないようにバリアを張っているような感じが逆に怪しくて仕方がなかった。つけこみたいと、そう強く思った。
乾いた唇を少し舐めて濡らしてから、口を開く。頭に並べている言葉は嘘偽りのないありのままの気持ちたち。全部、俺なりの精一杯の気持ち。
「…あんたは俺にないもんいっぱい持っとる」
「は?」
「せやから俺はあんたが好きで、あんたに惹かれた」
「っ、」
「あんたが欲しいです、謙也さん」
鼻先数センチのところまで顔を近づけ謙也さんの透き通るような瞳を真っ直ぐ射抜くと、彼が喉仏を小さく上下させたのがわかった。もうやめてくれと目が言っていた。でも、俺はやめない。やめてなんか、やらない。
「絶対、諦めませんから」
そう言って捕まえていた細い手首に口づけを施すと、謙也さんは肩をぴくりと揺らした。下から舐めるように覗き込むと、彼は唇を歪めて小さく息を漏らしていた。
その吐息には、俺の知りたいものが含まれていたのかもしれない。