俺は、確かにアイツに裏切られたけど、それがトラウマで恋愛に関しては際立って臆病だけど、それがわかっているならもう少し考えてくれてもいいんじゃないかって、気を使ってくれたっていいんじゃないかなんて、そんな勝手なことを思ってしまう。
「絶対とか、そんなできもせん約束するな、アホッ…」
「できますよ」
「ムリ、それこそ絶っ対にムリ」
情けないことに、いつの間にやら目に溜まっていた涙はぼたぼたと止めどなく落ちていて、多分財前からしたら今の俺は凄く不恰好なんだろうな、と思った。手のひらで目元をぬぐってみても涙は伸びるばかりで一向に拭き取れない。そんなだから鼻の頭や頬までべたべたに濡れるという始末。俯いて涙を止めようとする俺に財前は「そんなに擦ったらあかん」と小さく囁いて、俺の手を取りそれを柔らかく手のひらで包み込んだ。すぐにまた振り払おうかとも思ったが、顔を上げた先の財前の表情があんまりにも優しくてひどく動揺して、結局そんなことできなかった。
「なんで、無理なんですか」
「…やって、わからへんやんか。そんな、明日や明後日のことなんて」
「…」
「財前さっきずっとって言うたけど、明日は違うかもしれへん。一晩寝て、起きたら気が変わっとるかもしれへんやろ。明日やのうてもそれが明後日かもしれへんし、一月後かもしれへん」
「…」
「絶対なんて、この世には存在せえへんのや」
そうだ、絶対なんてこの世界には存在しない。有為無常、盛者必衰。どれだけの昔の人間が無常な世界を嘆いて詩や句を書いてきたと思っているのだ。不変なんて望むだけ無駄、こうしている間にもこの世界は刻一刻と変化している。廻り続けることこそこの世の常。時を止めて、とか、そんな言葉が邦楽の歌詞に使われていたりするがそんな願いが実現するほど甘くできていないのだ、現実は。
「誰が決めたんですか」
「え、」
「誰が決めたんですか、そんなこと」
低く静かで、穏やかな声音だった。不意に顔に向かって伸びてきた手に体を揺らして思わずきゅっと目を閉じれば、冷たい指がそっと俺の頬や目尻に触れる。優しく撫でてくるそれに恐る恐る目蓋を開くと財前の顔が結構近くに来ていて、柔らかい眼差しが真っ直ぐ此方に向けられていた。
「謙也さんがどう考えとるんかはわからへんけど、俺の意思は俺のもんです。せやから俺が絶対って言うたら絶対ですよ」
「そ、んなん…むりやって」
「無理やないです。俺はこの先も謙也さんのこと好きでおる自信、ちゃんとありますよ?」
財前の言うこの「好き」という言葉は俺にとったら毒みたいなものだとつくづく思った。いつもいつも俺の近くで、目を見て、思いの丈をストレートにぶつけてくるから、だから俺は何もできなくなってしまう。財前の前ではあれだけ固めていた決意さえもぐらついてしまう。それだから怖さで拒絶反応が出て体全体で拒みたくなるのだ。ただそれは財前のことが嫌いだからじゃなくて、単に怖いからだと思う。俺を揺さぶる財前にこのまま変えられてしまうんじゃないかって、不安なんだと思う。
現に今、俺は徐々に傾けられている。俺の意思のベクトルが財前の言葉と行動と眼差しとで方向転換させられてしまっている。俺は喉の震えを抑えて小さく口を開いた。
「ほんまに、絶対なん?」
「絶対です」
「ほんまのほんまに、裏切らへん?信じてみてもええの?」
そう尋ねると財前はふっと落とすように笑って「当たり前」と囁いた。その笑った顔があんまりにも綺麗に見えて一瞬心臓がドキリと跳ねてしまったことは、気のせいにしておきたい。
財前の言葉にすうっと体から力が抜けて、俺はそのまま顔を両手で覆い俯いた。いつの間にやら肩にはガチガチに力が入っていたらしく、ありったけの息を一つ吐き出せば緊張していた体も心もゆるゆると萎んでいくようだった。もう一度ゆっくり深呼吸をして手を顔から離す。ちらりと財前の顔を伺えば彼は首を傾げて俺を見ていた。
「…何年経っても俺の気持ち、変わらんかもよ」
「けど謙也さんにとったらこの世に絶対は存在しないんでしょ?それやと謙也さんの気持ちも、"絶対"変わらないってことはないってことになりますよね」
「ほんまにもう…」
「なんすか」
「…お前、アホやなあ」
力なく頬を緩めて笑って見せれば、財前も目を細めて満足げな顔をする。もうこいつには何を言っても無駄なようだ。そもそも俺が財前に口で勝てたことなんてなかったような気がするが、情けないことに。
もう一生敵わないかもしれない、なんて思ってしまったことは俺だけの秘密にしておこうと思う。
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なんだかだらだらネチネチとすみません。謙也くんが笑えないくらい卑屈ですね。あれ、なんでだろう。それと過去ネタを引っ張りすぎてもう…ごめんなさい、でもまだあと少し引っ張ります。期待はくれぐれもしないでください。
多分これからはもう少し甘めにな…る、といいなあと、思いま、す…(・ω・`)