白石部長から頭を下げられてからよくよく考えてみたけれど、やっぱりどうしたって止められなかった。好きって気持ちを消すことなんてもはや俺自身の手でもできなかった。何処かの誰かが言っていたように、恋愛って本当に理屈じゃないんだということを嫌でも実感させられた。気づけば自分の意思ではどうにもならなくなっていて、ひとりでに成長していたあの人に対する特別な意識は膨れ上がるばかり。こうなってくるともう手に負えない。だからやめるとか、諦めるとか、そういうことを考えるにはもう手遅れだったのだ。



「俺、待つことにします」



そう告げれば謙也さんは驚いたような顔をして、次には寂しそうに、そして苦しそうに表情を歪めた。今、謙也さんを連れてやって来たブランコと木馬しか遊具のない小さな小さな公園には、俺と謙也さんの二人だけしかいない。



「謙也さんが俺のこと嫌いっちゅー理由もわかりましたし」

「…白石か」

「俺が無理矢理聞き出したんですわ。せやから、謙也さんが受け入れてくれるようになるまで、待つことにしました」



公園内に申し訳程度に置かれた茶色のペンキの禿げたベンチに謙也さんと並んで座ったまま、視線は斜め下の地面を見つめながら静かにそう言う。

謙也さんが、恋愛をしたくない訳を白石部長から聞いた時、少なからず俺は嬉しかったのだ。『謙也は財前が嫌いなわけとちゃう、人を好きになるのが怖いねん』その言葉を耳にした時俺は、希望が見えた。どれだけ好きだと気持ちを伝えても頑なに拒む謙也さんに、近頃はだんだんと自分に自信がなくなっていたのだ。こんなのただの押し付けなんじゃないのかと、謙也さんを苦しめてまでこの思いを貫く意味などあるのかと、諦めないと強く抱いていた意思は徐々にしぼんでしまっていた。けれど、今は違う。寧ろこの好意は貫かなければならないものなんだという、使命にも似た重たい決意が胸中でどっかりと居座っている。諦めたくない、というよりも、諦めてはならない。そんな思いが噴水の如く沸き立つ心の中は穏やかで淑やかだ。



「…な、んでなん」

「え?」

「なんでお前は…俺にこだわるん?」



そう言った謙也さんの声は細かく震え掠れており、ふと彼の方に視線を寄越せば膝の上で組まれた手に力が込められているのが伺えた。俯いてしまっているので表情こそわからないけれど、でも多分また苦しげな顔をしているに違いない。



「なんで、俺なんや」

「…それは前にも言うて」

「嫌いって言うたやんか。精一杯、突き放したつもりやったのに…なんで、なんで俺なんかを…っ」

「…」

「お前ならもっと他におるやろ、ええやつが。よりによって俺やのうても…」

「…それは、ちゃいますよ」



隣に向けて、手を伸ばす。控え目にそっと謙也さんの手の甲に自分の手のひらを重ねると、彼は泣きそうな悲しそうな顔で俺を見た。なんだか最近の俺は謙也さんをこんな顔にさせてばかりだ。楽しませることも、喜ばせることも随分としていない。いつもいつも困らせている、気がする。思えば本当にどうしようもない後輩だ。

だけど、でも、違う。俺だって謙也さんのこと困らせたいわけじゃないから、他の人を好きになれるのであればとっくにそうしようと努力していただろう。フラれた時点で踏ん切りがついたのであれば、とっくに諦めていただろう。それができたらこんなに苦労はしないのだから、楽な方を選ぶに決まってる。でもそれはあくまでそれが"できたら"の話である。



「何回も言いましたけど、俺は謙也さんが好きなんです。それ以外の他の人なんてどうだってええ」

「…」

「それに、どうしてとかなんでとか、そんなん聞かれたかて俺もわからへん。ただ謙也さんが好きなんです」

「ざい、ぜん…」

「それじゃ、あきませんか」



俺を見つめる謙也さんの顔は今にも泣きそうで、見ていて正直つらい。謙也さんが頑なに俺からの告白を拒む理由がわかっている今だから、彼の胸の内側が少しだけわかってしまってしんどい。でも今目を反らしたら駄目だと思う。約束したのだ、絶対に謙也さんを好きでいると部長に誓ったのだ。



『これからも謙也のこと好きでおるつもりなら、約束してや。絶対に真っ直ぐ謙也だけを見続けるって』

『重いって、思うかも知れへん。けどそれが誓えんような、そんな軽い気持ちなら謙也のことは諦めて』

『約束してや、謙也への気持ちは絶対やって』



この約束を破るようなことがあればそれは部長への裏切りであり、謙也さんへの裏切りであり、自分への裏切りでもある。だから…



「俺は、裏切りませんよ」

「っ、」

「ずっとずっと、何年かかってもええです。1パーセントでも、0.1パーセントでも、0.0001パーセントでも、謙也さんの気持ちが俺に向くまで、絶対に待ちますから」

「…んな……たんに…」

「え?」

「っ、そんな簡単に絶対とか言うなボケッ!!」



俺の手をぱしんと振り払った謙也さんの目からは、ぷわっと涙が溢れた。





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