「なあ、何処行くん?」

「…」



人通りの多い廊下を歩きながら、否、無理矢理引っ張られながらも少し前を行く財前にそう尋ねるが、彼は此方を振り替えることも俺の問いかけに返事をすることもせずにただ足を進めていく。ずんずんずんずんと進んでいく財前に連れられ、たどり着いた場所は昇降口。彼は自分と俺の下足箱からスニーカーを二足分取り出すと、それを履いて俺にも履くように促した。有無を言わせないような手際の良さに閉口しつつも渋々スニーカーに足を入れれば、財前はまた俺の手を引いてすたこらと歩き始める。普段そうである俺が言えた義理ではないかもしれないが、なんだか異様にせからしく忙しない。



「ちょ、財前ってば、何処行くねんほんま」



舌を噛みそうになりながらもそう聞くが、彼は耳が聞こえていないんじゃないかと思うほど俺の言葉全てを華麗に無視してくる。このまま手を振り払って逃げ出してしまおうか。学校の駐輪場まで来たところでそんなことをぼんやりと思っていると、不意に握られていた手はぱっと離された。俺の手を離した財前はというと、自分のものであろう自転車の鍵穴に鍵をさし込んでガシャリとそれを解錠していた。



「乗ってください、後ろ」

「は?チャリってお前…午後から授業あるやんか。何処行く気で…」

「ええからはよ。先生らにバレへんうちに」



自転車のサドルに跨がり準備万端だとでも言わんばかりの財前は首を回してやっと俺の方を振り返った。けれどやっぱり此処に連れて来られた理由も、これから行く場所も、彼はなにも話してくれなくてそれに少々苛ついていた俺は思わず声を張り上げた。多分、この時俺の目は拒絶の色を示していたと思う。



「事情話してもらえへんまま従えるわけなんないやろ!」

「…」

「だいたい、お前白石に…」

「…お願いします」



自転車に乗って此方を向いたままの財前はいきなり真剣な表情になって俺をじっと見つめてきた。久しぶりに近くから見た、財前の真っ直ぐで綺麗な、射抜くような瞳。それに気圧された俺は思わず生唾を飲み後ずさりをする。と、財前の形の良い唇が小さく動く。



「これで終わりにするから」

「…え?」

「お願いします、謙也さん」



本当に、やっぱり苦手だ。この真っ黒な目に見られると俺は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまって、抵抗なんてできなくなる。痺れたみたいに体は動かなくなって自分が唾を飲み下す音だけが鼓膜によく響く。

訴えるような強い言葉と瞳に俺はただ首を縦に振ることしかできず、こくりと小さく顎を引くと彼は後ろ手で自転車の荷台をぽんぽんと叩いた。それにおずおずと従って座りにくい荷台に跨がると、財前は地を蹴って少しふらつきつつもゆっくりと自転車のペダルを踏み出した。

誰もいない校門を抜けて、馴染みある見慣れた風景を眺めながら、自転車から振り落とされないように荷台の細い金属部分を指でしっかりと掴む。前で漕ぐ財前に決して触れないように体を少し傾けたまま、俺はひたすらぼんやりとしていた。さっき、財前は「これで終わりにするから」と言っていた。その様子は少し寂しげだが何処か吹っ切れたような表情をしていて、何故だか心臓がびくっと跳ねたような気がした。これで終わり。それは一体どういう意味だ。俺をこうして財前の我が儘に付き合わせることか。それとも…、



「俺が」

「…え?」

「俺が、謙也さんに告白した時に、謙也さんキスしたら別れてくれるかって聞いたでしょ」

「ああ…うん」



悶々と思考を巡らせていると不意に前から声が聞こえて、視線を風景から財前に向けると視界いっぱいに広がったのは彼の白い背中。中学の頃と比べるとぐんと広く大きくなった、財前の背中。以前こうして財前が漕ぐ自転車の後ろに乗ったときは目の前には彼の真っ黒な後頭部が見えたけれど、今は首筋か肩甲骨あたりが見える。まああの時からは2年ほど経っているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、なんだか少しばかり新鮮だ。



「あれ、後からよお考えたんですけどね。多分、無理です」

「…」

「諦めるとか、ましてや嫌いになるとか、無理」



此方を振り返りもせずにただひたすら自転車のペダルを漕ぎ緩い坂を駆け上がりながら独り言みたいに喋る財前の声に、俺は返事もせずただただ耳を傾けた。吹き抜ける強い風の音に、近くで行われている建設工事現場のクレーン車のエンジン音に、掻き消されてしまいそうな低く少しだけ張った声を一言一句聞き漏らさないように耳を澄ます。中学ん頃と比べたら声も随分低なったなあ、なんて思えば一瞬だけ微笑ましいような気持ちになれた気がしたが、「諦めるなんて無理」という言葉を頭の中で反芻させればそんなほっこりとした気分はたちまち霧散してしまう。そしてそれの代わりに俺の胸中を一気に侵食したのは、激しく強く自身の生を主張しだす心拍に、加えて焼けつきそうなほどのあついあつい熱。

風に煽られぐらぐらと揺ぐ車体が自分の気持ちとぴったり重なる。ああもう、どうしようもない。





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