4限の終了を告げるチャイムが学校中に響いたと同時に教壇の国語科の教師が「はい、今日は此処まで」と締めくくる。それを合図に級長が「起立」と「礼」の号令をかけ、退屈だった授業から解放された生徒達は途端にがやがやと騒ぎ始める。俺は机上で教科書類をとんとんと揃えはあ、と一息つく。



「謙也、俺今日この後部長会あるから一緒に飯食えへんわ」

「ああ、全然構へんで」

「すまんな、ほんま」



斜め後ろの席から俺の元までやって来た白石はそう言うと顔の横で手を一回振って教室から出ていってしまった。いつも昼食は白石と二人でとっていたが今日はいないのか、さて、ではどうしよう。暫し考えてからふと「自販でも行くか」と思い、俺は財布と携帯をポケットに突っ込んで椅子から立ち上がった。

廊下を進んでいると見えてきたのは1年生のフロア。自販に行くためにはどうしてもこのフロアを突っ切らなければならないので、俺は少々渋りながらも肩を竦めてそこを歩いていった。自然と足どりが速くなるのは、もしかしたら財前に会うかもしれないという不安が心にあるため。

あんなことがあったために白石が財前に釘を刺すようなことを言ったことは知っていた。本当は白石に頼っている軟弱な自分が情けなく思えて嫌だったけれど、今回ばかりは白石に全部任せることにした。それでも男かと、自分でも戒めたくなった。でももう財前の前で普通でいられる自信なんて到底無かったし、何よりもまだあの日の震えが体に蔓延っていて正直足がすくんでしまうから。本当に、自分はどうしようもないと思う。



「あ、謙也」

「おお千歳や、久しぶり!」

「久しぶりー」



無事財前に出会すこともなく自販にたどり着くとそこには千歳がいて、彼は機械の横にしゃがみこんで缶コーヒーをすすっていた。その様に「缶コーヒーて、OLか」とつっこめば千歳はころころと笑って、空になったその缶をごみ箱の中にガコンと捨てた。中学の時から変わらず千歳は神出鬼没だ。いつの間にかふっと現れまたいつの間にかふっと消えている。部活にはよく来ているが、前に最後に学校内で会ったのは確か3、4週間前だったと思う。こいつがこうして昼から校内にいるなんて、稀だ。



「珍しいな、お前が昼から学校来とるなんて」

「まあなんとなく」

「なんとなく、な」



ははっと笑うと千歳はしゃがんでいた場所からよっこらせと立ち上がり俺の隣に立った。ちらりと横の背の高いのを見上げながら、何食べたらこないにでかくなるんやろなあなんて思う。そんなとき、不意に千歳は廊下の向こうに何かを見つけたのか視線を合わせたかと思うと表情を明るくしてから「お、財前たい」と小さく呟いた。

え…、ざいぜん…?



「千歳先輩、まだ昼休みですよ」

「知っとるとよ」



千歳のすぐ右隣に立っているので、反対側にいるであろう財前は視界に入らなかった。寧ろ入らなくて良かったとさえ思った。財前が、千歳の向こうにいる。俺が今一番会いたくない財前が、すぐそばにいる。そう思うと体はかちかちに強張って、体側にあった手は自然にぎゅっと拳を握りしめていた。



「珍しい。雨でも降るんやないですか」

「それさっきも謙也に言われたばい」

「…謙也さん?それ、いつっすか」

「いまいま。な、謙也」



ちょ、馬鹿っ、此方に話振んな。そう思ったが、時すでに遅しだ。千歳は体をずらして財前に俺を見せてまたころころと笑った。先ほどは多少和んだその笑顔も今では恨めしいものでしかない。

ぎこちなく首を回して財前を見れば彼は千歳に隠れていた俺に気づいていなかったようで、少し目を見開くと「見つけた」と小さく呟いて此方につかつかと寄ってきた。それによりまた無意識のうちに肩が上がってしまう自分の体が嫌だった。



「探しました、謙也さん」

「な、に」

「ちょお千歳先輩、謙也さん借ります」

「おん、持って行きなっせ」

「は、えっ!?」



財前は止まることなく俺に近づくとそのまま俺の手首をパシッと掴み、廊下をずんずんと歩いていく。突然のことに驚きの隠せない俺はただ財前と千歳を交互に見比べながらなされるがままに手を引かれるしかなくて。

最後に見えた千歳は暢気な顔で手をひらひらと振っていて、それが物凄く癪にさわった。






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