体が芯まで震え上がって、このまま心臓や呼吸が殺されてしまうんではないかとさえ思った。怖かった。何がなんだかわからなくなった。頭が真っ白で、真上から見下ろす財前の顔がぐにゃりと歪に変形した。

ただわかったのは、財前に触れられた箇所が一々熱を帯びたことだけ。



「ごめんなさい」



ぐにゃぐにゃの目の前の財前はそう言って唇に何か生暖かいものを押し付けて、視界から消えてしまった。ガラリ、と遠くで戸が開いて閉まる音がしたような気がした。俺は何も考えられなくて、ただひたすら体が震えて涙が溢れて止まなかった。



「な、んで…やッ…」



なんでごめんなさいなん。何がごめんなさいなん。俺を押し倒したから?俺を泣かしたから?俺を好きだから?なんで、なんで謝るん。謝るくせになんで好きとか言うん。なんで俺なんかが好きなん。もう嫌や、わけわからへん、怖い。

それからは暫く動けなくて、ベッドのシーツに顔を押し付けて嗚咽を漏らしていた。せっかくぴんぴんに張ってあった真っ白なシーツは俺の涙と鼻水と唾液でべたべたで、すっかりしわくちゃになってしまった。でもそんなことに構っている余裕なんて今の俺には欠片も無い。張り裂けそうなくらいに張り詰めた胸の中は灰色のもやもやとしたものでいっぱいで、息をするのが苦しくて仕方がなかった。いっそのことこのまま呼吸ができなくなって死んでしまえばいいのにとさえ、思ってしまった。



「…う、ッ」



俺が、いけなかったんだ。財前が本気だなんてことくらい本当はわかっていたはずなのに、どうしてもそれを認めたくない自分がいて、彼に試すようなことを言ったから。だからこうなった、自業自得だ。

でも、本当に信じたくなかった。財前のことは好きだったから。あくまでチームメイトとして、後輩としてではあるが素直に気に入っていたから。不器用で口ではへそ曲がりなことしか言わないが、直球で淀みが無くて。何に対しても毅然とした態度で真っ直ぐな姿勢でいられる財前には正直憧れを抱く面も多々あった。そんな財前を、俺は好きだった。財前も先輩として、チームメイトとしての俺を慕ってくれているとばかり思っていた。彼と知り合ってから4年間、それは変わらなかった。


だから財前が俺に好きだと言った時、勝手だとは思うが裏切られたような気分になった。俺が今まで抱いてきた財前への数々の感情をグシャグシャに踏みにじられたような気持ちになった。

なんで、なんでよりによって恋愛対象なのだ。なんで普通の仲間としてはいけないのだ。一体いつから俺のこの思いは一方通行だったのだ。ただ、そればかり思ってショックだった。



「謙也!」

「…し、らい…し?」



突然保健室内に勢いよく誰かが入ってきたかと思えば響いたのはよく聞き慣れた声。ゆっくりと戸の方を見るとそこに立っていたのは少しだけ息を切らしている白石で、彼は俺のもとにつかつかと寄ってくるといきなり強く抱き寄せてきた。



「ごめん、謙也。ほんまごめん。俺が財前に余計なことさせたから…」



耳元で嘆くようにそう言った白石は腕の力を強める。抱かれた肩が少し痛かったけれどその体温に安堵して息を吐けば、詰まっていた気管は刺さっていた棘がポロリととれたみたいに軽くなった。ああ、呼吸がしやすい。自然と目蓋が落ちる。



「だい、じょぶやで。なんで、白石があやまるん」

「大丈夫やないやん。こんなに目ぇ腫らして…ほんまにすまんな、謙也」

「白石は、なんも悪ないよ」

「ちゃう、俺があかんねん。俺が謙也んこと守るって決めとったのに…」

「…しらいし、」

「怖かったやろ」

「っ、」

「苦しかったやろ」



白石はいつもそうだ。隠しても、堪えても、なんでも見透かしてわかってくれて。それで両手をうんと広げてくれるから、だからいつも甘えて飛び込んでしまう。



「……う、ん。しんど、かっ……っう、」



ようやく落ち着いたと思ったのにどうやら俺の涙腺は乾きと言うものを知らないらしい。白石の手が後頭部に伸びてきて俺の頭を自らの胸に押し付けてきて、ふわりと香った白石の匂いに酷く安心を覚えると同時に再び目からぼろぼろとしょっぱい水が零れ出した。

白石は悪ない。財前も悪ない。
悪いんは、弱い俺や。





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