すたすたと歩いていく財前の3歩ほど後ろについて廊下を進んでいく。そういえばテニスボール、そのまんまにしてきてしまったな。帰ったら白石になにやってんねんって怒られそうや。そんなことを思いながら俯き加減で歩いていると不意に立ち止まった財前に気づかず、俺は後ろから彼の背にぶつかってしまった。



「っわ、」

「ちゃんと前見て歩いてくださいよ」



振り向いた財前に呆れ顔でそう言われて顔を上げるともう保健室にたどり着いていたようで、ガラリと部屋の扉を開けた財前に続いて俺は保健室内に入った。小学校の頃からあまり保健室というのは好かなかった。鼻につく薬品臭い匂いも真っ白な壁や天井もピンと伸ばされたベッドのシーツも、別にこれといった理由はなかったがどうしても好きにはなれなかった。だから学校で怪我をしても大抵は周りに内緒にして放っておいたことの方が多かった。



「先生、いませんね。そこ座ってください」

「あとは自分でやるからもうお前戻り」

「俺、保健室には詳しいんすわ。よく此処でサボるんで」



俺の言葉なんて全く無視して棚から消毒液やらガーゼやらを取りだし始めた財前にはあ、と息を漏らして渋々ベッドの縁に腰を下ろした。保健医不在のこの場にて、やはり俺は財前と二人きり。なんで二人になりたくない時に限ってこんなことになってしまうのだろうか。今日は厄日なのかもしれない。というか、絶対そうに違いない。



「手、出してください」

「自分でやるって」

「ええから」



渋る俺の手を半ば強引に捕らえ手のひらを自分の方に向けた財前。彼は水をたっぷり染み込ませたガーゼをピンセットで摘まんでそれを使って傷口にこびりついて固まった血を拭いていく。多少乾いた血が落ちて代わりにガーゼが赤く染まったところで、財前は血のついたそれを消毒液に浸したそれに持ち変えて傷口に直に塗り込んでいく。ガーゼに浸透したマーキュロクロム水溶液は傷口によく滲みて思わず痛みに顔が歪んで、けれど顔を反らすのはなんだか癪だったので俺は目の前で俺の手に治療を施す財前をじっと見た。

悔しいが、いつ見ても端整な作りをした顔だと思う。伏せられた長い濃密な睫毛、黒々とした宝石のような瞳、傷のない滑らかな肌によく通った鼻筋、薄い唇から覗く歯並びの良い白い歯。誰が見ても綺麗で整っていると思うであろうその容姿に女子達が騒ぐのも無理はないと思った。よく、財前が告白されたという噂は耳にする。それに実際にその告白現場を見かけたことさえあった。噂に上がる女子は皆人並み以上に可愛らしい。それなのに財前はその子たちからの告白を片っ端から断っているらしかった。

俺にはそれが不思議で堪らなかった。それなのに、それ以上に不思議なのは何故そんな財前が俺なんかを好きなのかということだ。俺は特別な容姿を持ち合わせているわけでもないし、何より男だ。女ではなく、正真正銘の男なのだ。それなのにそんな男の俺を男の財前は好きだと言う。

やはり、俺はからかわれているだけなのではないか。財前の言う好きとは笑えない冗談なんじゃないか。



「ん、終わった」



そう呟いた財前に思考を中断して手を見れば、そこは真っ白な包帯で綺麗に巻かれていた。ここまでする必要はないんじゃないかと一瞬思ったが、せっかくやってくれたのでとりあえず「おおきに」と小さくお礼を言った。そして無意識に考えるのは、先ほどのこと。



「…なあ、財前」

「はい?」

「俺んこと、ほんまに本気なん?」



それはぽろりと、まるで朝露が葉から滑り落ちるかのようにごく自然と口から出た問いかけだった。ぼんやりと見ていた手から視線を外して財前を見やると、彼は片付けようとしていたピンセットやガーゼを持ったままピタリと止まり俺の顔をじっと見つめてきた。それは身体に穴が空いてしまうんじゃないかと思うほどに鋭い視線で、捕まってしまった俺は視線を反らせなくなってしまった。しまった、聞くんじゃなかった。そう後悔したときにはもう遅くて、財前は手に持っていた道具を近くの机に置くと、いきなり俺の肩に掴みかかってきた。

ドサリ、と、なにかが倒れた音がした。






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