「なあ、」

「なんや白石」

「お前の譲れへんもんって、なに?」

「はあ?」



今日は掃除当番の日だった。けれどいざ放課後に残ってみると教室内で真面目に掃除することに没頭しているのは黒板掃除をしている2人の女子だけで、それ以外の当番は皆箒やら雑巾を片手に喋ったり廊下で走り回ったりして遊んでいた。そんな中で俺と謙也は箒である程度教室内を掃き終わったので、窓際で早く掃除終了時間にならないかと待ちつつ他愛もない会話をしていた。

箒を右手に壁に寄りかかり、昼間の財前との会話を思い出しながら上記のように問いかけた俺に謙也は怪訝そうな顔で此方を向く。丁度、西日に照らされた金髪がきらきらと反射し揺らいでいて、それが綺麗だったので俺は思わず見入ってしまった。



「せやから、譲れへんものとかこだわっとることって、なんなん?」

「いきなりなんや、その突拍子もないクエスチョンは」



眉間に皺を寄せる謙也を視界に入れながら俺がじっと見つめるのは揺れる金糸。謙也の髪は脱色しているくせにふわふわの綿毛のようで、俺はいつもそれに触ってはつい撫で回してしまう。ギシギシに傷んでいるのかと思うと実際そうではなくて、多少枝毛が目立つもののしっとりと柔らかいそれはまるで赤子の産毛のようだと思った。手が自然と伸びて、傾いた太陽に照らされているそれにそっと触れると謙也は小首を傾げて益々訝しそうな顔をした。



「なあ、答えて」

「…アンサー。恋愛しないこと」

「…お前、まだそれ根に持っとったんか」

「根に持っとるとかやなくて、これは決め事やねん。俺ん中で絶対のルール」



長めの睫毛を伏せてそう呟いた謙也は夕日のせいか少しばかり寂しげに見えて、心臓がキリッとした痛んだ。知ってる、俺はこの痛みを知っている。覚えているのだ。絶対に忘れるはずのないこの、針が突き刺さるような痛みを。チクチクと這うように広がる痛みはやがて脳にまで及び、奥へ奥へとしまい込んだ苦い記憶の蓋を破ってしまう。その記憶が蘇る度に俺は、何もできなくてたまらなくなるのだ。



「そんな、悲しいこと言わんといてや」

「…そんなん言うたかて、白石はわかってくれるやろ?」

「それは…わかるけど…」

「もう決めたんやって。俺はいっぺんだって誰も好きにはならへんの」



箒に両手を添えてそこに顎をもたげ苦笑した謙也の髪に絡めていた指を少し離して、次にぐしゃぐしゃと頭を撫でると「なんや」と擽ったそうに笑いながら彼は身を捩った。その表情は笑っているのに何処か悲しさを孕んでいて、此方にまで悲しみが伝染してくる。

わかっとるよ、全部わかる。謙也の決意も受けた傷も苦しさも、俺だけが知っとるんやから。傍で見てたんは俺だけやから。けど、知っとるからこそ謙也には"もう人を好きにならへん"なんていう誓いはたてさせたなかった。やって、そうやって自分の全部の気持ちを押し込んで殺して、一人で抱え込むからそんな泣きたくなる顔するんやろ?もう俺、嫌や。謙也が寂しい顔するんは見たない。はよう立ち直って欲しい。

本人には決して言えない思いを頭の中につらつらと浮かべるだけ浮かべて、俺はそれらを唾と共に全て飲み下した。言えるわけがない、こんなこと。俺が、事情を把握している俺こそが、謙也の一番の理解者であらねばならないのだから。こんな謙也を裏切るようなことなんか、言えやしない。



「…俺なら、良かったのにな」

「え?」

「なーんも。あ、ほら、もう時間やで」

「あ、ほんまや。白石、部活行こ」

「おん」



絶対に、言ってはならない。俺だけは絶対に謙也を裏切ってはいけない。例えどれだけ辛かろうが苦しかろうが、謙也が誰かを好きにならない限り俺は絶対に言ってはいけないのだ。俺にしたらいいのに、俺ならばお前を、おまえのことを、

…結局、言えやしない。何も、何もかも。





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