ユナイデットサンクチュアリの正規軍である騎士団に入るには、大まかに二つの方法があった。
一つは、各地方で行われる入団試験に合格し、最後に王都で行われる本試験で見事、騎士王に認められる、一般的な方法。
そしてもう一つは。
騎士王直々の、スカウトだ。
このどちらの方法で、入団しようと先輩騎士達の態度は変わらないし、入団後の鍛練や部屋割りも、全く変わらない。
勿論、騎士王からも、だ。
ただし、後者の方法で入団した者は、何処か一風変わった存在が多かった。
例えば、人々の罪が見える者。
魂の光を恐れ、世界を見るのを諦めた者。
禁忌とされた混血の者。
この世の全てを知ろうとする者。
何時までも、成長しないが故に一族から爪弾きにされていた者。
そんな、何処か世間と云うモノに馴染めなかった者達が、呼ばれ、集った。

不吉とされる、金の瞳を持つ彼もまた、騎士王に誘われ、騎士団の門を叩いた一人だった。

誰からも、見られない。受け入れられない。そんな色彩を持つ彼は、しかしそれを気にする事なく、誰とでも話していた。
一般試験で入団したトリスタンは、最初こそは敬遠していたものの、直ぐに打ち解けた。
だが不思議な事に、誰とでも話す割にはゴードンは何処か誰とでも距離を取っている様に見えた。けれど気にならない程度だった。
彼のゴードン、と云うありふれた名前は、何だか彼と云う異質な存在を、さらに不思議なものにしていたが、様々な人種が集まる騎士団では、ただの特徴と云う形でしかなくて。
自分の持つ、名前すらも寛容に受け止める場所なのだ。当たり前と云えば当たり前だった。
ゴードンとそれとなく親しくなり、仲間と共に過ごす日々は、とても充実した毎日でトリスタンはそれなりに楽しく過ごしていた。
相変わらず、この顏に惹かれて騒ぐ取り巻きは居たものの、昔ほど煩わしくは思わなくて。

「また、派手にフラれたものだな」
「うるせぇよ、モテ男」
「心外だな、それ」
「また告白されたんだって?」

頬を誰かの手によって腫らしたゴードンを見るのは、日常茶飯事とまではいかないものの、頻繁だ。
一方で、トリスタンが女性騎士や町娘から告白されるのも、また。
ゴードンがどう思っているのかは、流石に分からなかったが、トリスタンはこんな風な会話が楽しかった。まぁ、毎度誰にフラれた誰に手を出したとからかわれるゴードンとしては、面白くないだろうが。

それでも。
日々は楽しくて。

***** **** *****

その日トリスタンは王城近くの、周囲を森に囲まれた広場で一人で剣を振るっていた。
何故、努力と云うものをそんなに好まないトリスタンが、誰にも見つからない様な場所で鍛練を行っているかと云うと。

『太刀筋は良いが、直情すぎる』

上司の、その一声がトリスタンの矜持を揺さぶったのだ。
太刀筋には、振るう者の性格が出る。と、トリスタンは思っている。事実、まだ素直さが抜けていない後輩達の太刀筋は見切り易いし、信念だとか責任だとかを背負う英雄や騎士王の剣は太刀筋どころか、全てが重い。
自分が、もうどうしようもない頑固者で、一度決めたら曲がれない、と云うのは痛い程自覚していた。
ならば。

「もっと、速く」

ならば、その直情に神速を加えるだけだ。
太刀筋が簡単に変えられないのならば、それ以外で補う。そう結論付けた結果、こうやってトリスタンは一人努力をしているのである。

今の、真っ直ぐに前だけを見て走ってきた結果でしかないこの性格を、トリスタンは嫌いではなかった。

(ああ、可哀想な子)

一度でも振り返れば。

(あの時、○○が××すればねぇ)

一度でも余所見をしたら。

(ああ、本当に。)

自分と云う、存在、が。

(お前は"トリスタン"なんだね)

まるで薄い紙切れに書かれた、安っぽいお伽噺の主人公になった気が、して。

「黙れっ!!」

一閃。
振り向き様に、一瞬揺れた気がした茂みに、切っ先を向ける。少し大きめの茂みに、先端が滑り込んだ。


(トリスタン――"悲しみの子")

しかし、トリスタンは記憶の中の影に。切っ先を向けたつもりだった。
だから、揺れた気がしただけの茂みから、人が出てくるなんて思わなかった。
がさり、と茂みから出てきて、トリスタンの瞳に映ったのは。

「えーっと?何か悪ィ」

同僚で、親友の。

「ゴードン…」

両手を、胸の辺りまであげているゴードンの、目鼻の直ぐ先にトリスタンの切っ先はあった。
と云うか、鼻の頭に赤い線が一本。
間違いなく、かすった跡だ。

たまたま通り掛かってそんで剣を振るう音がしたから気になって覗いてみたらまさかお前なんていやお前も鍛練はやるんだろうケド努力とかそんな好きくないだろトリスタンはだから珍しくてつい

云い訳がましい台詞をノンブレスで吐きながら、ゴードンは茂みから抜けて、トリスタンの前に来る。
非番なのか、何時もの鎧は着けておらず、ただ腰に愛用のレイピアを佩いているだけだった。
瞳と似た色の、山吹の髪結い布が風に煽られ、翻る。

「…僕が、鍛練してるのは可笑しいか?」

どちらかと云えば、天才肌のトリスタンは周囲に羨ましがられる速さで、様々な事を会得していった。流石格好良いトリスタンさま汗臭い努力が無関係で、羨ましいぜ。なんて云う揶揄も貰った事がある。努力が嫌い、と云う点では何だか当たってる気がしたので、シカトしたが。

「いや?」

肩を竦めるゴードン。

「そりゃあ、お前は天才って部類に入る人間だし、お前自身が努力とかが好きじゃねェ、ってのも知ってる」

だけど、よ?

月よりも鋭く光る、金の瞳がトリスタンを射抜く。
ゴードンに嘘は通用しない。
何故なら、まるで全てを貫き見透す様な瞳の強さに、疚しい事がある人間は息を呑むからだ。その、僅かな差を見逃すゴードンではない。

「強くなりたい、って思って剣を振るうのは誰だって同じだ」
「なら、お前が剣を振るうのも道理」
「誰かが、揶揄って良いもんじゃねェよ」

迷いは、気持ちに嘘を吐いていると云えば吐いている。
そんな"嘘"を見透かされた気分に、トリスタンは陥った。
その、何処か綺麗事に聞こえる台詞を否定してみたくなるが、それよりも。

「あー…、何だ。つまり」

頭をガシガシと掻くゴードン。照れている時の癖だ。

「あんまり、つまんねェ事気にするなよ。お前はお前なんだから」

何時も、かの父親と比べられ、名前に同情され。
トリスタンと云う名前は、トリスタン自身の事では無く"両親の行動の結果"を指す言葉に成り下がっていた。
それが嫌で。でもどうしたら良いかわからなくて。
気付いたら何も見たくないから、前だけを見る様になっていて。
そんなつまらない自分に、愕然として楽に手を出した。
けれども、それでも何か欠けたままの気分で。

「トリスタン、」

ゆるり、と似合わない優しさで微笑むゴードンに、トリスタンは。

「…鼻の怪我のせいで全部台無しだぞ」
「な、」
「ふふ、格好良く決めたかったんだろうかな」
「ぐ…っ」

トリスタンは。
どうしようもなく惹かれたのだった。

***** **** *****

真理の騎士は女にだらしないだとか、何処ぞの騎士がフラれただとか、そんな話は騎士団のあちらこちらで、聞こえてくる。
事実、ゴードンが女にフラれて頬を腫らして帰ってくる日が、多々あった。
実際問題、ゴードン以上に女にだらしない騎士は他にも居たし、浮気不倫と云う言葉も、実は騎士団にあるまじき事だったが、よく聞こえる単語の一つだったりする。
しかし、誰よりも目立ってしまうのは、その禁忌と云われる稀有な色彩と、それを全く気にしない堂々とした立ち振舞いが原因に思えた。

「だいぶ修羅場だったみたいだな」

ポロン、と竪琴を爪弾きながらトリスタンは小川で涼んでいたゴードンに近付く。

「煩ェよ」

トリスタンに視線を向けないまま、ゴードンはゴロリと仰向けになり、空を見上げた。

「……いい加減、やめたらどうだ?」

ゴードンが、街に繰り出しては誰かを求めるのは、最早病気と云っても良いレベルだ。勿論、それにはそれ相応の理由があるのだが、誰もそこには触れない。
気付こうと、しない。

無条件で、誰からも避けられる色を持って生まれたゴードン。彼の性格からはまず想像出来ないし、本人が語りたがらないのだが、それは悲惨な人生だったらしい。トリスタンは少しばかり、本人から聞けたのだが。
故に、彼は自分を抱きしめてくれる腕を探す。包んでくれる体を、見つめてくれる眼差しを探すのだ。
彼に抱きしめられた人は、きっと驚くだろう。
縋るような、切ない力の入れ方に。

「俺が、誰と寝ようが関係ないだろ」

確かに、未だに騎士団側に何かしらの苦情はきてない。
しかし、親友として。そしてゴードンと云う人間に惹かれているトリスタンとしては、もうそんな寂しい愛情の求め方をしてほしくなかった。

だから。

「ゴードン」
「俺は君が好きだ」

一度は云わないでおこうと、誓った言葉を音にする。

「友達ではない、感情で」

途端、跳ね起きたゴードンは、漸く視線をトリスタンに向けた。
金色の瞳は、当たり前だが驚愕の色に染まっている。
視線を逸らさないまま、トリスタンは一歩二歩と近付き、膝を落とす。

「君が、大好きだ。愛しい」

ゴードンの瞳に、何処か泣きそうな自分が映っているのが、見える。

「……俺と、居ると…」

ぽつり、とゴードンが呟いた。
それは何時もの彼とはかけ離れた、とても弱々しい声音で。

「…碌な事、ねェぞ、」
「構わない」
「…っ」

互いの鎧が邪魔だったが、トリスタンはゴードンを抱き締める。コトリ、と竪琴が落ちたが、構わなかった。
とても可笑しい体勢の抱き締め方だったが、何だか自分達にはお似合いだな、とトリスタンは思う。
暫く、トリスタンの腕の中で茫然としていたゴードンだったが、そっと腕を回し。
強く強く、しがみつくのだった。

***** **** *****

綺麗な恋愛ではないのは、痛い程自覚していた。
第三者から見れば、トリスタンとゴードンの関係は、傷の舐め合いに見えただろう。まるで、雛鳥が初めて見たモノを親と思い込むような、そんな錯覚的な、思いから始まった想い。
だが、トリスタンそれで良かった。
あの日から、パタリとゴードンの女漁りは止まったから。もう、あんなに必死に誰かの温もりを求めなくなったから。

だから、それで良いと。

「トリスタン」

その日の職務を終えて王城に向かうべく、敷地内を歩いていたトリスタンは、後ろから呼び止められる。
足を止め、首だけ振り返るとそこには、騎士団が誇る閃光の盾、イゾルデが少しばかり難しい顔で立っていた。
何か、先程の引き継ぎで不備でもあったのだろうか、と首を傾げて向き直る。

「どうしたんだい?」
「ちょっと、聞きたい事が、ね」

やはり何かしらの不備が、あったらしい。
トリスタンは請われるままに、イゾルデの後を追いかけた。

「あのさ」

先程までトリスタンの居た、訓練所の少し手前でイゾルデは立ち止まり、トリスタンに振り返る。

ふと、嫌な予感がした。

「アンタ達、見てらんないよ」

ふわり、と優しい風がイゾルデとトリスタンの美しい銀髪を、靡かせる。

「見て、らんないのよ」

遠くで、夕刻を告げる鐘楼の音がした。

あの後。
トリスタンは事の顛末を、同僚であり友人でもある三人の騎士に話したのだ。
ランドルフは、これでゴードンの火遊びが収まるかもしれない、と喜び、モルガーナは少し複雑そうな顔(多分、友人が男同士でそう云う関係になったからだと、思われる)ではあったが、祝福はしてくれた。
しかし、そう云えば。

「君は何も云わなかったね」

イゾルデ。
そうトリスタンが微笑むと、イゾルデは難しい顔のまま、頷いた。

「アタシも、アイツの癖知ってたし。だから、もうアイツがあんな事しない、って点なら素直に喜べんのよ。でも、アンタとアイツじゃ、」
「傷の舐め合いにしか、ならないと?」

トリスタンの言葉に、一瞬詰まったもののイゾルデは、小さく肯定する。
イゾルデの心配は、そのままトリスタンの後ろめたい部分であった。トリスタンの欲しかった言葉をあの優しい笑顔でくれた人、と云う事だけが、自分とゴードンを繋いでいた。
それはもう、どうしようもないくらいに、歪んでいて。

けれども、トリスタンは決めたのだ。

「それでも、俺はゴードンが好きだよ」

刹那の出逢いが、永遠となるのが許されるならば。
この恋だって、見逃してくれたって良いではないか。

「……そう」

イゾルデは溜息を一つ落とすと。
黄昏の空の下、踵を返してトリスタンから離れていった。
その後ろ姿をトリスタンはずっと、見えなくなるまで眺めていた。
いや、動けなかったのだ。
好きだと、愛していると叫んでも、心の何処かがそれを否定し続けていて。
でも、それをトリスタンは否定し続けてきた。
しかし。
第三者――しかも、自分達に近い――からの指摘に、トリスタンは酷く動揺していた。

無性に。

「……っ」

無性に会いたくなって。
トリスタンは踵を返すと、ゴードンの部屋へと足早に向かったのだった。

***** **** *****

何かを、光を追い求めるのは、好きだ。
綺麗だし、何より自分を拒まない。
己を、異物を拒むのは、人だ。
人は自分達と違うモノを忌み嫌い、敬遠し、そして無かった事にしようとする。
全員が全員、そうなのか?と訊ねられれば、違う。とは返せるとは思うが、本当にそうかどうかまでは、ゴードンには解らなかった。

だから、ゴードンは普遍のモノを望む。
変わらずに居てくれるモノを追い求める。
しかし、それでは余りにも寂し過ぎたから、ゴードンは誰かの温もりも、求めた。

「母親は、俺を見なかった」

誰かがドアを開けたのか、薄暗い部屋に一筋だけ光が差し込んだが、それは一瞬で。
その誰か、は想像がついた。
そっと足音が薄暗い部屋に響く。

「多分、だけどな。だって俺はその時何も見えなかったから、解らない」

入り口に背を向けて、寝転がっているゴードンの直ぐ後ろで、足音は止まった。

「よくワカンねェ護符だとか、何だとかで、目をぐるぐるに巻かれてたからな。ギャラティンみたいに」

後ろの気配は、動かない。
そりゃそうだろう。
入ってきた途端、こんな話をされるのだから。
騎士王に誘われ、騎士団に来て明るく振る舞ってみたものの、ゴードンとしてはもう、限界だったのだ。
一々、瞳ばかり見られる事にも、全部の不幸や不都合な事をこの瞳のせいにされるのも。
そして、誰もが"金色"の"不吉"な瞳ばかりを気にして"自分"を、見ない事にも。

「ゴードン…、」

何処か戸惑った様な声音に、ゴードンはくつりと笑う。
ちらり、と横目で後ろを見れば、僅かな光を反射して輝く、美しい銀色があった。

「なぁ、お前はどう思う?」

本当は、嬉しかった。
だって彼はちゃんと、自分を見ていたから。

「なぁ、」

でも、それでも、ゴードンは。
光だけを、追い求めた。

「トリスタン?」

光を追いかけて、そしてその中に居れば、自分も輝いていられると思った。

しかし、それは間違いで

後ろから返事が来ない事に、ゴードンは息を吐き、起き上がろうとした。
自分から手放したかもしれない、温もりが少しばかり名残惜しく感じる。

「…………」
「なっ」

しかし、ゴードンは起き上がる事が出来なかった。
肩を押さえられ、ベッドに戻されたと思うと、トリスタンが上にのし掛かってきたからだ。
淡い、月色の瞳に、自分が映っているのが見える。
その端に、微かな雫が溜まっているのも。

「好きだよ、ゴードン」

ぽたり。
と、雫がゴードンの頬に降ってきた。

「君が、好きだ。愛している。君は、僕は僕だと教えてくれたじゃないか。じゃあ、君だって君だ。僕の大好きなゴードン、光の騎士」

嘘を吐かせてくれない、ウソつきさん。
雫と一緒に、言葉がゴードンに降ってくる。


ぽたり、ぽたり。


同情でも、憐れみでもない瞳が、ゴードンを映していた。

「トリスタン…」
「傷の舐め合いだ、って。そう思った……。そう、云われたっ。でも、それだって良いじゃないか。僕が君を好きだと云うのも、君が君である事も、変わらない事実なんだから」

ぎゅう、と抱き締められた。
温かい体温と、優しい鼓動がゴードンを包む。
恐る恐る、ゴードンも抱き締めてみた。
自分も、温かいと思われているのだろうか。鼓動が、伝わっているだろうか。

「俺も、」
「俺もお前が、好きだ」
「トリスタン」

そう呟きながら、思いきり腕に力を込めた。
ああ、そう云えばトリスタンに"好き"だと伝えるのは、これが初めてだった気がする。
ゴードンはそう思いながら、トリスタンからのキスを受けた。多分、今までの誰よりも温かいキス。それは、きっと一番最初に両親から貰うべきモノと、同じだったのかもしれない。しかし、トリスタンはトリスタンでしかなかったし、だからこそ、ゴードンは嬉しいのだ。
きっと。

「もう、一人じゃない」

その言葉を云ったのは、果たしてどちらだったのか。それは、二人にとって特に重要な事ではなかった。
重要なのは、互いの存在。

何時しか鼓動が交わり、一つに溶け合った頃。
二人は、幸せそうな顔で、眠りについているのだった。





**** ***** ****

後書きと云う名の反省文


長くてすみませんでした…。
取り敢えず、二人のなり染めをシリアスちっくに書いてみました。
某所で展開しているユニット小説と世界観は同じですが、ややキャラの性格が(私的に)変更してあります。
ゴードンさんは此処まで暗くはならないと思います。
でも、こんな設定でも良いなー、と。

この度は、この様な素敵な企画に参加させていただき、本当にありがとうございます。



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