慌しい数日が過ぎ、体育祭当日となった。
各競技が滞りなく行われていき、克哉も、近付いてきた自分の出番の為に席を立つ。

「おーい、克哉ー!」

「本多!お疲れ」

「遅れて悪いな」

「オレも今から行くところだったし、大丈夫だよ。
本多こそ、今日は仕事多くて大変だろ」

克哉と同じクラスに在籍し、生徒会補佐という立場から学園行事の運営に協力しているのが彼、本多憲二だ。

「ま、力仕事は得意分野だからな。体育会系を甘く見るなよ」

「はは、頼もしいな」

和気藹々と話しながら、選手の所定の場所に集合する。
係の学生が整列を促し、競技の説明をし始めた。

「はーい、騎馬戦に出場される皆さん、注目してくださーい!
今回、騎手の方にはこれを付けてもらいまーす」

そうして騎手一人一人に手渡される例の物に、誰もが言葉を失った。
勿論、克哉も例に漏れず。

「これ、オレが付けるの・・・?」


 ☆ ☆ ☆


「な、なぁ、克哉・・・?大丈夫だって!
似合ってるぜ!ほら、この中でも一番似合ってる!」

「・・・本多、それ全然褒めてないから」

「う・・・すまん・・・」

背が高いからという理由だけで騎手に選ばれてしまった克哉は、軽い後悔を覚えずにはいられなかった。

(もっとちゃんと断っておけば良かったな・・・。オレの性格上、こんなの勝てっこないだろうし、よりによってこんな格好・・・)

「はぁ〜、御堂先輩には見られたくない・・・」

克哉の思いを他所に、時間は競技開始を告げた。


「克哉、しっかりな!!」

騎馬の先頭を取る本多のエールに曖昧に答えながら、克哉は騎乗を始める。
和太鼓を打ち鳴らす音を入場の合図として、二つの入場門から騎馬隊が列を成して進んで来た。
選手は一様に闘志をみなぎらせ、精悍な顔つきをしている。
体育祭の要の一つとも云える競技に、選手も応援者も一層の盛り上がりを見せるが、いまひとつ緊張感に欠けるのは、やはり騎手の頭頂部に問題があるのだろう。

その原因を作った張本人は自身も頭に獣の耳を付け、愉快そうに、だがその目は獲物を狩る鋭い光を湛えて、ただ一点を見つめていた。


いよいよ競技が始まった。
克哉の意思とは関係なく前へ前へと進んで行く騎馬に戸惑いながらも、正面、横、はたまた後ろから攻めて来る相手に応戦する。
相手を傷付けない様になるべく力を加減しながら、その長身を活かして、克哉も何騎かのウサ耳を手にしていく。
そこに、ふいに目の前に現れた騎手に克哉は目を見張った。

「太一!?」

「やほ、克哉さん!
まさか克哉さんが騎馬戦に出てるなんてね〜。
しかも何騎か倒してるみたいだし。やるじゃん。
でも、ごめんね。克哉さんはオレが貰う」

貰うのはオレ、じゃなくてウサ耳の事だろ?という克哉の疑問も形になることはなく、そのまま騎手の証を奪われそうになる。
少しの間もみ合っている内に他の騎馬が克哉達の所に攻め込んで来て、瞬く間に混戦状態となった。
太一と対峙している方向とは逆の方から肩を強く引っ張られたかと思うと、そのまま体勢を整える暇も与えられず、騎馬から引きずり落とされる。
本多も、咄嗟の事にバランスを失い、克哉の騎馬隊は崩れてしまった。
あまりにも勢い良く地面に崩れ落ちた克哉は、一瞬息が止まる。
そこへ、頭上でもみ合っていた他の騎馬隊までもが形を保てなくなり、克哉の上に数人がのしかかる状態になってしまった。
人の圧力に耐えられず、克哉の意識はそこで途絶えた。







目を覚ますと、白い天井が視界に入り、微かな消毒薬の香りを感じた。

(ここは・・・保健室・・・?)

自分が今置かれている状況を把握しようと必死に記憶を辿り、騎馬戦での出来事からの記憶が途絶えている事に思い至る。

(早く戻らなきゃ!皆に迷惑を掛けてるかも・・・!)

「おやおや、そんなお身体で、どこへ行かれるというのです?」

いきなり掛けられた声に驚いて、克哉の動きが止まる。

(・・・彼が噂の保健医、Mr.R・・・)

その存在自体が学園の七不思議になっているという程の怪しい人物。
そもそも名前からして普通ではないのだが、克哉は今そんな事を気にしている場合ではないとばかりに早口で礼を言い、部屋から出て行こうとした。
克哉の焦りとは対照的に、先程と寸分違わぬ物言いでそれを制止する保健医。

「いけませんね。貴方は地面に叩きつけられた上、人の下敷きになっていたんですよ。もう暫くは安静にして頂きませんと」

「だ、大丈夫です!ほら、普通に歩けてるし、これ以上皆に迷惑は掛けられませんから・・・。
あの、本当にありがとうございました。それじゃ・・・」

「そうですか。そこまで仰るのなら、最後に少しだけ診察させて頂けませんか?」

「・・・そ、それくらいなら・・・」

「では・・・」

「!?ちょっ!どこ触ってるんですか!?」

「ただの触診ですよ。そんなに驚くことはないでしょう。
ほら、もっと身体の力を抜いて・・・」

「やっ・・・ちょっと、本当に、なに・・・」


「克哉!!」

「み、御堂先輩!?」

本気で身の危険を感じた克哉は、一瞬、都合の良い夢でも見たのかと思ったほどだった。
だが、彼は夢ではなくちゃんと目の前にいて、自分を助けに来てくれた。
それが嬉しくて、もう一度恋人の名を呼ぶ。

「御堂先輩・・・」

「克哉、大丈夫か?」

御堂は扉を開けるなり克哉を見つけMr.Rから引き剥がすと、自分の後ろに隠すように
庇いながら保健医を険しい表情で睨みつけた。

「悪いが・・・彼は連れて行きます。お世話になりました。失礼します」

簡潔に用件だけを述べ、克哉の腕を掴むと足早に保健室を後にする。



中庭の隅に二人で腰を下ろし、御堂は克哉を落ち着かせていた。
御堂によると、体育祭はもう全競技が終了し、今は手分けして片付けをしている最中だという。
克哉は自分が情けなくなった。
結局、クラスの勝利に貢献できなかっただけでなく、自分の仕事まで人に押し付ける形になってしまった事が、どうしようもなく心を重くする。
そんな克哉の心境を悟ってか、御堂は優しく相手の肩を抱いて囁く。

「心配するな。大丈夫だ。
 君はいつも誰よりも自分に厳しい。努力も怠らない。それは皆分かっている。
 だから、あまり自分を責めるな」

「御堂先輩・・・」

大好きな人が、自分の事を誰よりも見てくれる。
素直に嬉しい気持ちが膨らんで、今にも泣きそうだった顔はその色を温かいものへと変えた。

「だが・・・」

「へ?」

「簡単に他人に触らせるなとあれほど言っているのに、まだ分からないのか?」

「え、だ、だってあれは・・・」

「言い訳するな・・・」

これ以上の言葉は必要ないという様に、御堂は克哉の口を自分の口で塞いでしまう。
まだ昼間なのに、とか、いつ人が来るか分からない中庭で、とか、いろいろ言いたい事はあったが、しばらく触れられなかった熱にやっと触れられて、克哉は御堂に全てをゆだねた。

「ん…御堂先輩…」

「克哉・・・」

「は…たかのり、さん・・・」


『お知らせします。生徒会役員と各委員長は、第二会議室に集合して下さい。繰り返します・・・』


「………はぁ。克哉、あとで私の部屋に来るか?」

「あ…はい・・・」

互いの頬にキスを落とし、御堂は克哉を教室まで送っていくと、もう一仕事を終えるために呼ばれた教室へと向かった。




「遅れてすまない」

「構わん。全員こんなものだ。
 お楽しみの所、邪魔して悪かったな」

「な・・・!君は・・・・・・
 そうだな、君はちゃっかり抜け出していたようだし。
 そういえば、片桐先生も見当たらなかったようだが・・・」

「会議を始めるぞ」




これで、菊智学園高等部の体育祭は無事(?)終了した。
会議を終えた御堂はその足で克哉の部屋まで迎えに行き、その日、彼らが部屋から出ることはなかった。




 ☆ ☆ ☆


後日譚


「そ、そういえば、孝典さん、オレが騎馬戦出てるの、見てました・・・?」

「ん?あぁ見ていたぞ、しっかりとな。
でなければ、君を保健室には連れて行けなかった」

「あ、そうですよね。本多から聞きました。
孝典さんが一番に駆けつけてくれたって。ありがとうございます」

「それに・・・よく似合っていたじゃないか」

「え、う、ぅわあ〜!やっぱり、そこもですか!?うぅ〜恥ずかしい・・・」

「可愛いな」

「孝典さん〜!!」

真っ赤になりながらポカポカと自分の肩を叩く恋人を心底可愛いと感じながら、御堂はゆっくりベッドに倒していく。

「克哉。今度の休み、どこへ行きたいか考えておけよ」

「はい、孝典さん・・・」




fin...





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