相互リンク記念として、浦野げんじ様に捧げます。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
ラッキーアイテム
『さぁ、今日の運勢最下位は〜?
―――山羊座のあなたです!
山羊座のあなたは、落し物をしたり、失くし物をしたりと、今日一日身の周りの物のトラブルに悩まされそう。大切な物には特に注意を払ってください。
でも、そんなあなたも、これさえあれば大丈夫!と、いうことで、今日の山羊座の皆さんのラッキーアイテムは、「緑色のネクタイ」!
お出かけの際には、緑色のネクタイを締めて落ち着いた行動を心がけて下さいね!
では今日も一日、元気にいってらっしゃ〜い♪』
―――と、陽気に言われても…。
何となく点けていたテレビ。
朝のニュースの合間に流れる星座占い。
それを横目にしつつ二人分の朝食を用意しながら、オレは心の中で独りごちた。
元々、自分は占い等を信じるタイプではない。
そりゃ、良い事を言われれば気分は上向きになるし、逆ならば一日気を付けようとは思う。
その程度でしか考えていないのだが、新年早々、仕事始めのこの日に限ってそんな事を言われてしまっては、やはり心持ちは軽くない。
「ま、すぐに忘れるんだけど」
あえて口に出して、気分を切り替えようとした。
それに、いつまでも占いに気を取られていたって仕方がない。
朝食の用意も出来たし、寝室で眠っている恋人を起こしに行くという仕事が残っている。
エプロンを外し、それを椅子に掛けたところで、後ろからおはようという声がした。
「あ、孝典さん、おはようございます。
すみません、今起こしに行こうと思ったんですが…」
「ありがとう。…いや、それなら少し惜しい事をした」
「?」
「君がどうやって起こしてくれるか、興味があったからな」
「ど、どうやってって、普通に起こすに決まってるじゃないですか!
た、孝典さんじゃ…ないんだし…」
「私も、至って普通に起こしているつもりだが?」
「〜〜〜ッ!!」
「良い匂いだ。早く食べないと冷めてしまうな、克哉?」
やっぱり今日もこの人には敵わなかった。
恥ずかしさと温かさと、ちょっぴり悔しさを感じながら、御堂さんの前の席に着く。
今朝見た夢が可笑しかっただの、今日は卵がきれいに焼けただの、オレのしょうもない話を飽きることなく聴いてくれる。
オレは、朝のこんな一時に幸せを噛み締めていた。
「準備は出来たか?」
「はい。大丈夫です」
「なら、行くか。
―――あぁ、そうだ。忘れるところだった。
これを…」
御堂さんはそう言いながら徐に自分の首元に手を遣ると、いつも通りキッチリと締められたネクタイをなぜか、手際良く解いた。
かと思うと、次にその手はオレの首元に伸びてくる。
そして、先程と同じ手つきでオレのネクタイまで解いてしまった。
仕事に行く直前、玄関の前での恋人の突飛な行動に、オレは咄嗟に動けない。
何事かと思案していると、御堂さんは先に外した方のネクタイを、オレの首に巻きつけた。
それが一瞬頬に触れただけで、肌触りの良さを感じる。
上品な深緑色が、オレのスーツを飾った。
……似合うかどうかは別として。
これもまた良い手際で素早くオレの身なりを整えると、今度はオレから外したそれを自分で身につける。
つまり…。
今、オレには御堂さんの、御堂さんにはオレのネクタイが付けられている。
「た、たたた孝典さん!!ど、どうしたんですか!?何で、こんな…」
「これが、今日の君のラッキーアイテムなんだろう?」
「え…なんで、知って…」
「君がテレビを真剣に観ていたから、気にしているのかと思ったんだが」
知らなかった。
オレは流しながら観ているつもりだったんだけど…。
そんなに分かりやすく占いに釘付けになっていたなんて。
しかも、大分前に起きていた恋人に気付かないくらいに…。
いろいろと恥ずかしくなってしまったオレはネクタイを返そうとしたが、それは元の持ち主に拒否されてしまった。
「せっかく付け替えたんだ。今日は一日このままでいろ」
「だ、だって…。オレ、前みたい、に、なったら…」
ずいぶん前の事なのに、未だに思い出されてしまう。
言っていて、自分で恥ずかしすぎて顔が熱くなるのを実感した。
「そうなったら、私を呼べば良い」
「た、孝典さん!!」
そんなことできる訳ないじゃないですか!
心の中の抗議は当然、目の前の恋人には届かない。
絶対、楽しんでるよな…。
どうせ、この人には敵わないんだし。
「あ、ありがとう、ございます…」
「そう、素直に受け取れ」
結局、オレはいつも与えられてばかり。
オレも、何か少しでも貴方に返すことが出来れば良いのに…。
「あ、あの、孝典さん」
満足そうに頷いている恋人の名を呼び、オレも貴方に幸せをあげたいと願いながら言う。
そこに照れ隠しも含めて。
「今日のてんびん座のラッキーアイテムって、腕時計なんですって。
でも、孝典さんはいつも腕時計してるからな〜。
なにか、別の……んんッ!!」
突然だが、軽く優しく、オレの今日のラッキーアイテムを引っ張られたかと思うと、熱く甘い感触がオレの唇に広がった。
いつもの「いってきます」の挨拶よりもずっと長くて熱くて、このまま終わらなければ良いのにと思うほど、それはオレを虜にする。
ようやく離された唇から、互いに息が漏れた。
「孝典さん…」
仕事前だというのに、オレの思考回路は目の前の人のことでいっぱいになる。
「私のラッキーアイテムは、いつもここにある」
そう言いながら、御堂さんはオレの頬を優しく撫で、そこに柔らかくキスを落としてくれた。
そんなことを言われて、オレが正気でいられるわけもなく…。
「な、た、た、たた孝典、さん…!!」
言葉にならない嬉しさが心を満たし、どうして良いか分からなくなる。
ただ、自分にとっての幸せも、貴方以外では有り得ない。
その事だけは解ってほしい。
「お、オレ、も…。あなたがオレの幸せです」
「克哉…」
互いが互いの幸せになる。
その事がどれほどの幸せを生むか。
きっとこの人に会わなければ、一生気付かなかった。
だからオレは、この触れ合いの中で今日も幸せを感じている。
⇒あとがき
⇒小説