御堂孝典32歳。
私は今、危機的状況に陥っている。



御堂部長の初体験



事の発端は10分程前に遡る。

天気に恵まれた休日の昼前時。
こんな日に家にずっといるのも勿体無い。
たまには散歩がてら、外でお昼を食べませんか?と愛しい恋人に提案されれば、断る理由などどこにもない。
軽装に身を包み、二人でマンションを後にした。

「今日は本当に暖かいですね」

「そうだな。たまにはこんな日に、外を歩くのも悪くはないな」

克哉が柔らかい笑顔で話し掛け、私がそれに答える。
そんな当たり前の事に幸せを噛み締めていると、前方から久しい顔が見えた。
向こうもこちらに気付いた様子で、隣にいる恋人の名を大声で呼ぶ。

「おーい克哉!」

「本多?」

克哉の友人だという本多は、大きく手を降りながらこちらに駆け寄って来た。

「久しぶりだなぁ!元気にしてたか?」

「うん、本多も元気そうだね」

「おう!健康第一だからな。っと、御堂さんも、ご無沙汰してます」

「ああ。久しぶり。君も元気そうで何よりだ」

「・・・でも、あれ?いくら職場が同じだからって、休日まで二人は一緒にいるんすか?」

「え・・・あーと、えっと、あ、そ、それより本多こそどうしたんだよ?日曜にスーツなんか着て。もしかして休日出勤?」

「そうなんだよ。今やっと終わって、これからメシ食べに行こうと・・・。あ、そうだ! 今から駅前のハンバーガーショップ行かねえか?」

「駅前? って、確か新しくできた所だよな?」

「そうそう。すっげえ美味いって評判なんだ。二人ともまだなんだったら、一緒に行かないか?」

・・・・・・ちょっと待て。
この流れは何か・・・嫌な・・・。

「う・・・ん。でも・・・」

「いや、私は・・・」

戸惑い気味な克哉だが、その表情には「行きたい」という気持ちが表れている。
私の方をちらと見て、克哉はやっぱり、と本多に断りを入れようとした。
しかし、こんな時にまで克哉に気を遣わすのも本意ではない、という思いもある。
すると、何を思ったか、本多は能天気な提案をした。

「あ、それじゃ克哉、俺と二人で行くか?」

とんでもない事を言う奴だ。
さっきまでは、それも仕方ないかもしれないと考えていたが、いざこの男が言うと、何て事を考えたのだろうと自分が少し嫌になった。

「え?二人で?」
「たまには三人で食事も良いかもしれないな」

克哉の葛藤を遮り、間髪入れずに私は本多に答えた。
克哉を他の男と二人きりにさせるなど、言語道断だ。

・・・今考えると、この時の私は、相当パニックに陥っていたようだ。

今まで色々と、仕事上でのトラブルには見舞われてきたが、これ程までに難解な問題にはなかなか遭遇したことがない。
そう、私は今、非常に危機に瀕していると言っても過言ではない状況なのだ。

(・・・なんだ? セット? 期間限定? 意味不明な単語しか並んでいない・・・)

店内に入った瞬間から、私は少し後悔し始めていた。
克哉と本多は、何でもないようにあれこれ決めているようだが、こんな所に入ること自体が初めての私にとっては、全く勝手が分からない。
そもそも、店内に入って注文をするまでに客が並ばなければいけない店というのがあることに驚きだ。
まさかハンバーガーを一つ頼む事が、ここ近年でこんなにも戸惑う事になろうとは思いもしなかった。

そうこうしている内に、我々の順番が廻って来たようだ。
まだ何も考えていないことに改めて気付き、今更ながらに内心うろたえる。
すると、微かに袖を引っ張られる感覚を覚え、そちらに向くと、克哉がさっきと同じ笑顔で問うてきた。

「孝典さん、この中で食べられないものとかあります?」

「いや、特には…」

メニューを見ながら、克哉は急かすことなく私にいくつか質問をした後、じゃあそれで、と自分のも含め一気に注文してしまった。
呆気に取られている私に、克哉は少し申し訳なさそうな顔をして言葉を続ける。

「すみません。勝手に決める形になっちゃいましたけど、大丈夫でしたか?」

「ああ。いや、正直助かった。何しろ初めての事ばかりで…」

ここにきて見栄を張っても仕方がないので、正直に話した。
そんな私の話を、克哉は笑うことなく聴いてくれる。

「はい。でも、本当言うと、少し嬉しかったんです」

「嬉しい?」

「オレでも、孝典さんに頼られるって思えたから。オレにはこれくらいしか出来ないかもしれないですけど」

笑いながら、しかし少し照れて話す目の前の恋人を、今すぐ抱きしめたいと思った。

「君は、まだ私にとっての自分の価値を分かっていないのか?」

「え・・・?」

「私にはもう、君なしの人生など考えられない。克哉、私は・・・

「お待たせ致しました!ごゆっくりどうぞー!!」

・・・まぁ、時間はいくらでもある。
そう思うことにする。

「おう!克哉、こっちだ」

「お待たせ」

「ん?克哉、何か顔赤くないか?」

「き、気のせいだよ!」

「御堂さん、何か知ってますか?」

「・・・いや、まだ何も」

「まだ・・・?」

「あぁぁ! ほら、早く食べましょう! ね!」

「克哉、本当にどうしたんだ?」

「だから、なんでもないってば〜」


私はもう独りではない。
頼って良い人がいる。
もたれても良い背中がある。
君の存在が何よりの宝だと、帰ったら真っ先に伝えよう。




⇒あとがき

⇒title


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