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昼休み直後に呼び出された執務室で、克哉はその部屋の主と対面していた。
立ち話も何だからとソファを勧められたからには、これがただの事務的な話で終わらないことを予感させる。
そしてそれは大いに“当たり”だった。

「取材・・・ですか」

直属の上司であり恋人でもある目の前の男から、思いもよらない案件を提示された。
彼は、克哉の考えも及ばない所で商品企画のアイデアを出したり、部内の誰もが尊敬の念を込めて応えざるを得ないほどの迅速かつ的確な指示を出したりする。
思考はいつも合理的で、発言は論理的。
そんな明確な言葉選びを好む彼が、今日は珍しく歯切れの悪い喋り出しをしたことが、克哉には気に掛かった。

「嫌なら断ってくれても構わない・・・と言いたい所だが、大隈専務からの推薦もあるからな・・・」

「もしオレが取材を受ければ、御堂部長のお役に立てますか?」

「それは・・・ありがたい申し出だが、そんな動機で仕事を選ぶものじゃない」

克哉の質問の前と後で矛盾した事を言っていることに、御堂自身は気付いていないのだろうか。
彼らしくない煮え切らない態度は、しかし克哉にとってはホッとする部分もあった。
いつも凛として伸ばした背中は、追いかける目標として眩しすぎる時がある。
だからこその目標であり、いつかはその隣に立って同じ景色を見たいと思っているのだが、あまりに早足で迷いなく歩かれると、見失いそうになってしまうのだ。
たまには悩んだり困ったり、人間味あふれる表情も見てみたい、そしてそれを解決する時は自分を頼ってほしい・・・なんて我儘を抱いてしまうのは、ひとえに彼を心から愛しているから。
けれどそんな自分の欲を主張しようとすると、やはり自分の力はまだまだ不足している事を痛感するという、ジレンマに陥ってしまう。
だから、これはお互いの為の一歩として受け取ってほしい。
そんな気持ちを込めて、克哉は再度、御堂に提案した。

「違いますよ。これは、ビジネスマンとしての幅を広げる良い機会だと思ったんです。もちろん、部長が喜んでくださったらオレも嬉しいです。もっと頑張ろうって思えます。けど今回は、オレ自身の為にも、いろいろな場所でいろいろな人と出会い学べるチャンスがあるのなら、それを利用したい。そう思ったんです。
それに、オレが言うのも何ですが、経済誌の特集の一部ですよね。 そこまで肩肘張らなくても大丈夫・・・ですよね?」

最後で若干、声が小さくなってしまったことが御堂の微笑を促した。
数冊の月刊誌をテーブルに並べて、今度は御堂が流暢に話し始める。

「読んだことはあるな?」

「はい。たか・・・御堂部長がご覧になったものを後で、という事が多いですが」

「・・・よろしい。 で、この雑誌の来月号の特集が、外資系企業で商品開発を担う新進気鋭の若者を紹介、というものらしい。一室の人間は皆優秀だが、取材を受ける時間などないと、一応は言った。だが、専務は折れてくれなくてな・・・」

「・・・すみません。簡単に考えてましたけど、これってけっこう大事ですよね・・・? なんか・・・」

「今になって怖気づいたのか?」

「いえ! そういう訳じゃないですけど・・・本当にオレなんかが受けても大丈夫なんですか? 今月号なんか、鈴菱財閥の社長令息のインタビューですよ。この人、若くして大きな学園の理事長とか製薬研究所の責任者とか兼任してる人ですよね?」

「MGNの社長が、彼と知り合いだそうだ。その関係もあって、今回の特集ではうちの社員もピックアップされる事になったらしい」

「そんな凄い人が載るような雑誌に・・・」

ビジネス誌、経済誌の中でも人気の高いその誌名は、克哉もよく耳にするものだ。
さっき自分でも言ったが、御堂が時折購入するものを、彼が読み終わった後に暇潰し程度に目を通すこともあった。
経済に携わる企業や人が様々な角度から分析、評価され、データとしても読み物としても面白い内容が多い。
MGNがその特集に組み込まれるのはさほど驚かないが、そこに自分の名が連なるというのはやはり怯んでしまう。
御堂には啖呵を切った手前、今さら無理ですなんて言えないが、自分が会社の名を背負うと言っても過言ではない状況なのだ。
克哉が了承した後の御堂の表情は満足そうな色を浮かべているから、さらにプレッシャーが掛かる。

「そう気負うな。質問に対する君の率直な考えを答えればいいだけだ。君は時に、はっとする様な言葉選びをするからな。社をさりげなくアピールしつつ、強気の演述をしてみせろ。ついでにライターの度肝を抜いてやれ」

「そんな・・・。弁論大会じゃないんですから」

苦笑する克哉に合わせて、御堂もすっかり元の調子で笑みをつくった。
インタビューは3日後、14時から始まる予定だ、と話が纏まり、克哉はソファから立ち上がった。

「質問事項の何点かは予め、向こうから送られてくるそうだ。届き次第、君の所へ持って行く」

「ありがとうございます。あ、でも呼んで頂ければ、オレが伺いますよ」

「たまには私から会いに行くのも悪くないだろう? ・・・・・ありがとう、克哉。話を受けてくれて」

「いえ。最初はあんなこと言いましたけど、本音は孝典さんが喜んでくれる事をしたかっただけです。仕事でも、それは同じだから。公私混同だ、って怒られちゃいますね」

「君は、日に日に私を口説くのが上手くなるな」

「ほえ?」

「仕事で喜ばせてくれるなら、プライベートではもっと喜ばせてくれるんだろう?」

「・・・もうっ。まだ会社ですよ、御堂部長」

「それは失敬。では佐伯君、3日後はよろしく頼む」

「はい」



* * *


3日後。
会議室の一室を使って、取材は時間通りに始まった。
インタビュアーは、克哉よりもいくつか年上の男性だ。
色素の薄い髪色が、少し自分と似ているなと克哉は思った。
銀縁の細いフレームの眼鏡が知的な印象を与えるが、第一声の挨拶と共に向けられた笑顔はとても柔らかいものだった。

「はじめまして。DBナビの宮田と申します。お忙しい所、お時間をとって頂いてありがとうございます。今日は、どうぞよろしくお願い致します」

「佐伯と申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」

名刺の交換と軽い挨拶を交わして、二人は向かい合って腰掛けた。

「それでは早速ですが、質問をさせて頂きます。まずは、佐伯さんがこちらに入社した動機を伺ってもよろしいですか?」

「はい。私は以前まで別の会社で営業職をしていました。その時のMGNの商品販売がきっかけで、縁あって今の職務に」

「しかし、営業職から企画開発とは、これまでとは全く違った視点で取り組まなければならなかったのでは?」

「確かに、営業と開発ではやる事は全く違います。それによって見方も違うのは勿論なんですが、だからと言って正反対の視点を持たなければならないという事は全くなくて。時には同じ目線から、手に取ってくださるお客様が今一番、何を求めているのかを考えるのが最も重要な事だと思っています。
作り手になると、どうしてもデータや結果ばかりに囚われそうになるんですが、それでは本当に良いものは作れない。手に取ってほしいなら、色や形、パッケージデザインは慎重に。私達が創っているものは人の身体の一部を創るものだから、それならやっぱり美味しい方がいいですよね。味にも妥協はしたくない。
こういう、一見単純で当たり前な事も、部屋に閉じこもって考えていると、いつの間にか忘れてしまいそうになるんです。だから、私にとって営業時代の経験は宝物なんです。創る立場、売る立場と買う立場。違う目線からなのに、実は同じ方向を見ているんだなって」

「なるほど。そんな風に考えて商品を売ってくれる営業さんなら、私もついたくさん発注したくなってしまいますよ」

「そんな・・・お恥ずかしいです。偉そうなこと言いましたが、それが解ったのって、実は最近のことなんですよ」

「というのは?」

「実際は、営業時代は毎日がただ何となく過ぎていたと思います。確かに、いろいろなお店を回って営業するのは楽しかったし、とても良い経験になりました。けれどノルマに追われて顧客の顔色を窺って、一番大切なものを見失いかけてもいた。今のこの考えがあるのは、ここに来て、新しい出会いをして、新しい経験が出来て、自分は恵まれていたんだとやっと気付いたからです」

「それは、営業時代もさることながら、佐伯さんを選んだMGNさんの影響力は大きいですね」

「そうですね。正確には、私を直接引き抜いてくれた・・・」

克哉が、自分でも驚くほど流れるように言葉を紡ぐ中、控えめなノックがそれを遮った。
入室してきた人物は、今まさに、克哉が挙げようとしていた男だ。

「御堂部長!?」

「お取込み中、大変失礼します。よろしければ、私も同席させて頂けないでしょうか」

「これはこれは、御堂さん。お久しぶりです」

「お久しぶりです、宮田さん」

親しそうに笑い合う二人だが、克哉は何が何だか分からないまま口をポカンと開けている。

「あ、すみません、佐伯さん」

「いえ! あの、お二人はお知り合いなんですか?」

「あれ? 御堂さんからお聞きになっていませんか? 随分前になりますが、以前も一度、MGNさんに取材させて頂いてるんですよ。その時にインタビューさせて頂いたのが御堂さんです。当時のインタビュアーは私ではなく、私の後輩だったんですが。・・・まぁそれはおいといて。御堂さんには商品企画開発部のホープとして、紙面を飾って頂いたんですよ」

「そうだったんですか・・・。全然知りませんでした」

「まぁ君に逢う前の話だしな。・・・ほら、まだインタビューは残っているんだろう? すみません、宮田さん。邪魔はしないので、隅で見ていても?」

「勿論です。どうぞ、佐伯さんの横にでもお掛けください」

「では佐伯さん、先ほどの続きですが」

「え、あ、はいっ」

「佐伯さんを引き抜き、その才能を見出した人物がいる、と」

「そう、ですね・・・」

だんだんと居た堪れない気持ちになってきた克哉は、気もそぞろにチラチラと隣に視線を送るが、当の本人は至って何でもない顔をして二人の会話を聞いている。
その姿がまた腹立たしい。
少しくらい、話してくれても良かったのに。
特に隠す必要もなかったのなら、アドバイスとまではいかずとも、自分も経験したことがある事くらいは言ってほしかった。
しかし、なぜ御堂が黙っていたのかは後で追及するとして、今はこのインタビューを無事終わらせることが先決だ。
質問も纏めに掛かっているようだし、そろそろ終盤だろうか。
正直、御堂が入って来てからの質疑応答など記憶にない。
自分が何を喋ったのか、急に靄がかかったように思い出せなくなってしまった。
なぜかは分からないがこれは多分・・・。
自分の仕事に対する率直な考えを、この場合は恋人である以前に上司としての御堂を前に、自身の口で語る。
面映いことこの上なくて、顔から火が出そうだ。
緊張とそれ以上の照れくささから、御堂には理不尽な怒りを覚えてしまった。
反省と謝罪を心の中で唱え、克哉は宮田に向き直る。

「私を選んでくれたのは、ここにいる御堂です。あの時、彼に出逢って共に仕事をしていなければ、今の私は絶対にいません。・・・・・心から、感謝しているんです」

「それは・・・・・正直、羨ましいですね」

「羨ましい?」

「仕事をする上で、そんな風に信頼を置ける相手って、なかなかいませんよ。上司でも同僚でも部下でも、それは同じです。佐伯さんは、仕事熱心な上に幸運の持ち主なんですね」

「・・・そうかもしれません。でも、それなら私はここで、人生の幸運全てを使い果たしてると思います。この出逢い以上の幸運なんて、他にないですから」

「ははっ。これは最高の口説き文句ですね。佐伯さん、モテるでしょう」

「いえ! そんな! それはないです! ・・・でも、恋人はいます」

「ほう。楽しい話題になってきましたね」

「もうすぐ籍も入れる予定なんです」

「それはおめでとうございます」

「ありがとうございます」

「お相手はどんな方か、伺っても?」

「とても素敵な人ですよ。真面目で優しくて、ちょっと意地悪な時もあるけど、オレのことを本当に大切にしてくれる。だから、オレはそれ以上にその人を大切にしたい。
あなたに逢えて幸せだって、いくら伝えても伝えきれないから、これからの一生を掛けて伝えていきたいと思っています。今日はちょうど、その人の誕生日なんです。帰ったら、うんとお祝いするつもりです」

「・・・・・いやぁ、まいったな。仕事の話をしている佐伯さんの表情はビジネスマンとして素晴らしいものでしたが、今の貴方は、男として純粋にカッコいいですよ。ね、御堂さん」

「・・・・・・そう、ですね・・・・・」

「っと、そろそろ時間ですね。佐伯さん、貴重なお時間とお話、今日は本当にありがとうございました。来月号の見本誌、また送らせて頂きますね。とても良い記事になりますよ」

「こちらこそ、最後は変な事ばっかり口走っちゃって、すみませんでした。宮田さんとのお話、楽しかったです。ありがとうございました」

「私の方こそ、また聞かせて頂きたいくらいですよ。婚約者さんにもよろしくお伝えくださいね。御堂さんも、今日はお会いできて良かった。ありがとうございました」

「ありがとうございました。急に押しかけて失礼しました。今後ともよろしくお願い致します」

何度目かの挨拶を終え、宮田は部屋を後にした。
静まり返った会議室には、克哉と御堂の二人だけだ。
何となく沈黙が続く中、二つの視線は交わらないまま時が過ぎる。

「・・・・・・あれはズルい」

最初に部屋の空気を震わせたのは、御堂の弱々しい声だった。
見れば、向こうを向いていても分かるくらい、御堂の顔は耳まで真っ赤だ。

「孝典さん・・・。お誕生日、おめでとうございます」

「今、それを言うのか?」

「もちろん、本番は帰ってからですけど。・・・・・・ごめんなさい。勢いで言ってしまったけど、嫌でしたか? オレ、孝典さんの気持ちも考えずに、自分のエゴだけであんなこと・・・」

「いや。嬉しかった。やっと君が、人目を憚らずにあんな事を言ってくれる日が来たのかと思うと・・・それも、私の誕生日に」

「恋人の誕生日って、恐いですね。この日だけは、無敵になれる気がするんです」

「気がする、ではなくて、今、君は実際無敵だと思うぞ」

「ふふっ。それじゃあ、無敵ついでにこの間のプライベートの件、実行させて頂きますね」

「それは楽しみだ。・・・・・・ああ、だが克哉。ひとつだけ」

「なんですか?」

「あまり他の男に可愛い顔を見せるなよ。初めて会ったにしては、珍しくよく喋っていたし」

「心配し過ぎですよ。でも、そうですね・・・なんでだろう。宮田さんは何だか話しやすいっていうか・・・。声が綺麗だったからかもしれませんね」

「・・・あと、他の男を褒めるな」

「はい」

言って二人で肩を震わせる。

「さあ、もう一仕事、やってしまうか」

「そうですね。今日は定時ピッタリで上がります。あ、孝典さん、帰りにちょっと寄りたい所があるんですけど」

「どこだ?」

「本屋さんです」

「本屋?」

「雑誌のバックナンバーを取り寄せできるか、訊いてみようかなって」

「・・・・・・それは賛同しかねるな」

「あれ? オレまだ何も・・・」

「言わなくても分かる。それはやめろ」

「オレは今、無敵なので」

「・・・・・・」

「さあ行きましょう、御堂部長」

「佐伯君、帰ったら覚悟しておきたまえ」

そうして、淡く温かな余韻が残った会議室のドアは、静かに閉じられた。





⇒あとがき

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