どんな会話を交わし、どんな言葉を返せば、恋人になるのだろう?
けれど、いつだって言葉足らずで、もどかしくなるのが、恋愛である。
恋人距離
(所謂、蜜月な二人)
地下街でも人混みの多さを言えば、凄いとしか言い様がない。
そんな都会の地下街に、新たなスペースが出来た。
「うわぁ……。ここが……」
「……新しく出来た、食品スペース……か」
いつも訪れる場所より人は多く、折角のお休みに市場調査と銘打って来たのを少しばかり後悔した。
(これ、嫌がるだろうな……)
ここを訪れた理由として、健康食品を取り扱う店舗が沢山あると知ったからだが
それ以上に寄贈品をメインとしていて、スペース内にはスーツケース持参で物色している人もいる。
人混みを嫌うであろう恋人の顔を盗み見れば、案の定眉間に皺が寄っていた。
「ここ……もう少し、落ち着いた頃に、見に行きましょうか?」
「私も、そう言いたい所だったが……。そうなると、大分先になるからな……」
「……ふふっ、孝典さん。仕事の時と、同じ顔をしてますよ」
そう言えば、複雑そうな顔をして、徐に止めだと告げ彼が踵を返す。
何を止めるかは明白で、新しく出来たスペースから足を離し、慣れ親しんだ地下街を歩き始める。
「やはり、休みの日にまで、仕事の事は考えたくない。私は、仕事のON、OFFはきっちりする方だ」
「じゃあ、今は?」
恋人の一歩後ろを歩く自分を、少しだけ振り返り、返答は一言。
「OFFだ」
一度だけ彼の足が止まり、難無く隣に並ぶ。
目線を交わすとどちらともなく笑い、同じ歩調で歩き出す。
けれど、いつも話始めは自分の方なのに、彼からそう言えばと聞かされる。
「昔見た映画の話だが、他愛ない話だけをする映画があったのを、知っているか?見知らぬ男女が意気投合して、ずっと飽きずに会話をする内容のアメリカの映画だ」
「恋愛映画ですか?」
ジャンルを問うと、微かに首を捻り彼はどうだろうなと呟いた。
「1作目では、また逢う約束を交わして終わりだったが、2作目でその二人は約束の日に逢えなかった話になっていた」
しかし、お互いに自分の道を進んでいると、語り合うのが2作目の映画内容らしい。
そんな映画を何故見たのかと言うと、棚に並んでいたレンタルDVDを片っ端から借りた事があるとの事。
それが有休消化中だったからと話すのは、自分の隣を歩く恋人だ。
「贅沢なお休みの使い方ですよね、それ。休み中、DVD鑑賞……。オレもしたいな」
「今度の休暇にでも、見る暇があるならすればいいだろ?」
「見る暇……。有りそうで、無さそうな気が……」
「無いな。その時は私も休みだから、見続けさす暇は与えない」
しれっと彼が告げた所為で、今度の休暇の内容に頭が飛び、思わず顔を赤く染めた。
『どこに行こうが、何をしようが、最後の一日は、君とベッドで過ごしたい』
上辺としては、惰眠を貪る行為をしたい。実態は何とやらであるが、その日が来ないと分からない。
(でも、こう言う時、休暇制度って良いよな。あんまり一緒には、休みが取れないけど……)
こう言った時間が重なる度、彼の過去が垣間見れて、とても嬉しかったりするのだから。
「それなら、その映画1本なら、OKですか?」
「先程のは、冗談だ。君が見たいのなら何本でも構わないが、休み全部を映画に費やすのは、次の機会にしろ」
「どうしてですか?」
素朴な疑問を投げかければ、微かに彼の唇が耳元に近付く。
喧騒にある中、とろりとした甘い声が自分の耳へと届けられる。
「二人の時位、君の事だけを考えていたい」
「っ!」
「どんな風に乱れさせ、どんな風に懇願させ、どんな風に啼かせるか……。こんな事、片手間では考えられないからな」
二の句は、まるで凶器の様な甘さを含ませ、自分の身体をゾクリと震わせるのは、いつもの蜜言。
冗談かと思いきや、本気なのだから、始末も悪い。
「こ、こんな場所で、そんな事、言わないで下さい……」
彼に囁かれた耳を塞いだ後、火照る首筋を摩る。
横を向けば、多分意地悪そうな顔を恋人がしているに違いないが、見る勇気は今の所は無い。
「ククッ。まぁ、今はこれ位にしておこうか。ただ、家で1日中見るより、たまには映画館で観たい。少し気になる映画が、今度封切りになる予定だから、それを観に行こうかと思っていた所だ」
「いいですね、映画館。映画の梯子とかしましょうか。丁度、オレも見たいのがあるので」
「何の映画だ?」
そう聞かれたので携帯で検索を掛けると、画面に映し出されたサイトを彼に見せた。
すると、少し肩を揺らして、こう言われる。
「これだと、梯子は出来ないな」
つまり、同じ映画を見に行きたかったと言う。
そんな会話を交わしながら、辿りついたのは回り回って、同じ場所。
気付いた瞬間、二人で苦笑して、人混みの中へと足を踏み入れた。
色とりどりな商品を横目に、先ずはと一通り店先を眺めていく。
「やっぱり、新規オープンだと、店頭に並ぶのは限定品が多いですね」
「それ目当てに訪れる客をリピーターにすれば、店舗売上が伸びるからだろ」
「そうですね……。……」
商戦戦略的な会話に相槌を打ち、軽く通り過ぎた店を斜め見る。
店頭ディスプレイには、お茶が並んでいた。
「ここ……。見たいのか?」
自分が見ていた事に気付いたのか、彼に聞かれて笑いながら手を横に振った。
「いいえ。片桐さんに、あそこのお茶が、一番美味しいと教えて貰っていたから、少し気になっただけです」
「もしかして、この前に貰ってきた、お茶か?」
「はい、そうですよ」
立ち止まって店を確認する彼に、肯定を示すと踵を返し始める。
慌てて付いて歩くと、あれはと彼が話す。
「確かに、美味しかった」
「そうなんですか?お茶は、お茶だろって言っていた癖に」
「前言を撤回しておく。それに、君も気に入って、淹れる温度を拘り出しただろう?」
ポットのお湯では、茶葉を蒸らすのに最適では無い。
だから、保温温度にもよるが、何回か空気を含ませる様に高い所からお湯を落とし、温度を下げるといいらしい。
そんな事を実践しては、朝食にお茶が並び、間違えてパン食の時にも並べたのは、笑い話だ。
「あまり変わらないと思っていたが、自分で淹れるとよく分かるな。同じ茶葉なのに、君が淹れた方が美味いと思った」
ガラスウィンドウにディスプレイされた、良い香りがしそうな茶葉。
それを前にしてオレが嬉しくなる言葉を贈り、だからまた飲みたいと言ってくれる。
「淹れるのは構いませんが、御堂さんと一緒にされたら困ります。だってオレ、片桐さんにレクチャーして貰いましたからね」
「それなら今度、私も片桐さんに伺おうか」
「ダメです。御堂さんには、オレが教えますから」
前に貰った茶葉と同じ物を指差し、購入を決めながら、そう伝える。
「それは、片桐さんのレクチャーより楽しそうだな」
横では茶筒に興味を注ぐ程に、自分が淹れたお茶を気に入ってくれた恋人。
いつも、ふっとした事で自分を嬉しがらせるのだからと、甘い気持ちを抱きながら茶筒選びに付き合う。
結局は、オレが選ぶ事になり、袋に入れられた商品を彼が持つ事になる。
「重たくなかったですか?」
「ああ、大丈夫だ。それに、私はそんなに柔じゃない」
そう言って購入した荷物を彼が台所に並べ、君は大丈夫か?と逆に気遣ってくれる。
自分も荷物を下ろすと、大丈夫ですと笑い掛けた。
「ありがとうございます。孝典さんが、殆ど持ってくれたから、オレは本当に大丈夫です」
「礼は要らない。君にお茶を淹れて貰う、魂胆があるからな」
「ふふっ、それ位お安いご用ですよ」
袋から茶葉と茶筒を取り出し、シンクに置くと、するりと指先が延びてくる。
手に取るのが茶葉にかと思いきや、自分の指先だったのに少しだけ驚くと、いつもの様に絡ませた。
「……どうかしました?」
そして自分の唇に当てて問えば、斜め横にある紫色の瞳が細められた。
「昼間に話した映画の話は、覚えているか?」
「えぇ……。意気投合した男女が、ずっと会話する内容の映画ですよね?」
内心で首を傾げながら言うと、腰を抱かれて肩の上に額を乗せられる。
「正直な話をすれば、私は誰かと会話をする事を軽んじていた。あの映画でも、あれほど会話を交わしても、結局は恋人にならない二人を見て、恋愛と言うのは本当に馬鹿みたいだとも」
「……。……」
囁く様な呟きは、ここが静かでなければ、オレが聞き取れないかも知れない様な声量で。
寧ろ、聞かれたくないのではないのかと、微かに思う。
それは、悪い意味ではなく、彼が本音を見せたくて、見せたくないのと同じで。
「……。私は、いつも君からの話を待つしかない。私から話をしたとしても、仕事の話ばかりで……」
「……。……」
「そんな私の、何がいいかと君に問えば……」
「優しい所ですよ」
以前と変わらない答えを告げ、以前よりも言葉を増やして彼に告げた。
「優しくて、思い遣りがあって、配慮を重んじて、意志が強くて、何かあれば自分の犠牲をい問わず、オレを……」
これまでの間に沢山の会話を交わしているのに、何故か足りない気持ちにさせる。
全て伝えたとしても、足りなくて、足りなくて、気持ちが溢れてくるみたいに。
「選んでくれた事が、とても嬉しい」
だから、恋愛と言うのは、会話だけでは成り立たない。
どんな言葉を贈っても、伝えたい言葉が絶えず生まれるのだから。
彼の手に唇を寄せたまま、それにと告げると、斜め横にある瞳を見詰めた。
「時折、甘えたさんなのも好きです」
「……。そう見せて、何か魂胆があるのかも知れないぞ?」
「その魂胆の内容は、オレでも解りますよ」
少しだけ身体を捩り位置を変えると、彼の首もとに腕を回す。
引き寄せる形で彼の唇に近付き、吐息を絡ませて教える。
“今すぐ、キスしたい”
軽いキスを施しあい、額を合わせて、小さな声で笑い合う。
この距離が、恋人になった証だと教える様に。
「……ん。孝典さん、荷物の仕分けが……」
床に並ぶ袋を見遣ると、先程まで絡ませていた舌を中に戻す。
同じ様に視線を買い物袋へ渡し、思案するかの様に問われた。
「……生物はあったか?」
「いいえ、無いですけど……」
どれも非冷の為、このまま放置しても構わない。
それを教えれば、濡れた唇をまた割られる。
「ん、ふっ……」
「……もう少しだけ、良いだろう?」
軽いキスをされてから聞かれ、柔らかく瞳を細めて答えた。
「ふふっ……。もう少しだけ、ですよ?甘えたさん」
リップ音と共に、こちらからキスをすると、自分の腰を抱く手が淫らになる。
だから、次の言葉を耳にして
「ああ……。君が、私を拒むまで……な」
長くなる事を知るのだ。
白夜さんの『VWD企画』に参加させて頂きました!
リクエストは甘々で甘々な御克です。原点回帰(笑)
とにかく御克が好き。ホント好き。
白夜さんの書かれる御克を、こんなに堪能させて頂ける幸せったら言葉では言い尽くせません。
白夜さん、いつも本当にありがとうございます。
素敵な企画に参加させて頂き、とても幸せです。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。
ありがとうございました!
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