「誕生日おめでとう、克哉」

この日、二度目の祝福の声が、克哉の胸に柔らかな熱をもって染み渡った。


朝、目が覚めて一番におめでとうと言われたのは記憶に新しい。
ベッドでの戯れなんて、毎日のようにしているのに、今日のそれはいつもとは全く違っていた。
いつもとは比べ物にならないくらい、優しく愛おしく包み込んでくれて、ああ、母親に抱かれる赤ちゃんはきっとこんな心地なんだろうな、とぼんやり考えてしまうほどに、全てを委ねてしまいたくなった。
ふんわりと弄られる前髪も、甘く啄ばまれる唇も、ちょっぴり意地悪くつねられる頬さえも、温かくて気持ち良くて溶けてしまいそうだ。
起きたばかりで完全には開ききっていない瞼の奥から、克哉は素直な感慨をその視線と共に零した。

「それは光栄だ。だが、そうでなくては意味がないからな。今日は君の誕生日なんだから。・・・おめでとう、克哉」

克哉の大好きな、低く落ち着いた声音。
彼が笑うごとに、額に落ちてくる甘い吐息。
それらが全て自分のために発せられているのだと思うと、それだけで苦しいくらいに嬉しくなる。

「ありがとうございます。孝典さん・・・大好き」

「ああ。私も、愛している」

そうしてまた重なる唇が、深く交わっていくのに時間は掛からない。


「克哉? どうかしたのか?」

「はぇ!? い、いえ、なんでもないです」

今朝の出来事を思い出していた克哉は、赤くなった顔を酒の所為にしてフォークを握り直していた。
今日は一日、全面的にエスコートするという恋人の言葉通り、気付けば都内でも有名な高級ホテルのレストランで食事を楽しんでいる。
ワインも料理も、一口口にすれば克哉は決まって「おいしい」と笑顔を咲かせるが、御堂にとっては、それこそが一番の美酒だった。

二人が想いを通わせてから、克哉の誕生日を祝うのはこれで何度目か。
克哉の態度や反応も、初めの頃とは違ってきているのは当然だろう。
それは御堂にとっては喜ばしい事だった。
最初は、何に対しても恐縮していて、自分はただ祝福したいだけなのに逆に気を遣わせてしまったかと、内心軽くショックを受けたりしたものだ。
だがそれも、彼の長所であり短所でもあると理解している。
付き合い始めの頃は、そんな小さな行き違いもあったと今は笑って話せるところまで来た。
彼と二人で。
今は、後ろを振り向かなくても、彼の存在を感じることが出来る。

「克哉」

「はい」

「愛している」

「!!」

テーブル同士は離れているといっても、こんな人のいる場所で、なんと大胆発言をするのだろう。
克哉は御堂が好んで飲むワインよりももっと真っ赤になって、しかし俯いた顔を上げてぽそりと囁いた。

「・・・オレもです」

満足そうに笑う御堂の顔が愛しくて愛しくて、ここが自分たちの家ならば、迷うことなく抱きついていただろう。
ああ、そうか。
御堂も同じ衝動に駆られたのだ。
そう思うと、もう食事どころではない。
十二分に舌を楽しませてくれる味も、この衝動を前にしては霞んでしまう。

どうしよう。

熱くなる身体は、言う事を聞かない。
火照る躰を隠すように、克哉は椅子の上で縮こまっていく。
だが、それが御堂に悟られない筈はなかった。

「この上の階に部屋を取ってある。もう少し飲んでからにしようかと思ったが、どうやら互いに限界だな」

「た、かのり・・・さん?」

「まったく。どこでスイッチが入ったんだ」

「孝典さんが、あんなこと言うから」

「それを言うなら、君があんな可愛い顔で・・・いや。続きは部屋で、だな」

「はい」

互いに頬を染めながら苦笑する姿は、本人たちに自覚はないだろうが、初々しさそのものだった。



「おはよう、克哉」

「ん・・・、孝典さん・・・おはようございます・・・」

「明けましておめでとう」

「あ・・・! お、おめでとうございます! 昨日は、ありがとうございました」

優しく撫でてくれる大きな手。
吸い込まれそうな澄んだ瞳が、自分だけを映している。

「ゆっくりするといい。何なら、今日は一日ベッドでも構わないぞ」

「それはもったいないです。せっかく、こんないいホテルに泊まってるんだから、もっと」

「もっと、普段は出来ないような事もやってみたい?」

「ひゃっ!? た、孝典さんっ!」

「相変わらず、君は隙だらけだな」

「それは、相手が孝典さんだからです」

「そうしてくれ。私以外の人間にこんな姿を見せたら、お仕置きだぞ」

「なら・・・」

「っ!」

「・・・隙あり、です。孝典さんも、こんな顔を見せるのはオレだけにしてくださいね」

「君も、言うようになったな」

「ふふっ。それも、孝典さんだから、ですよ」

忍ぶ笑いはすぐに弾け、二人が創る一つの世界が、また鮮やかに色付いた。




あとがき

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