聞き慣れない言葉を聞くと、一瞬ここは自分の家ではなかったかと思う。

「とうとって……、仕事で忙しいから、しゃああんめ。……うん、うん。オレは、だいじだから、ありがとう」

仕事場から帰宅してリビングの扉を開けると、恋人が自分を見て微笑を浮かべる。

「またね、母さん」



方言彼氏
(君のルーツ)



「お帰りなさい、孝典さん。お疲れ様です」

「……ああ、ただいま」

パタパタと駆け寄る克哉に微笑を返し、握られている携帯に視線を向ける。

すると、困り顔で母親からの電話ですと、通話相手を聞かされるのだが……。

「……とうと、って何だ?」

素朴な疑問を投げ掛ければ、みるみるの内に真っ赤になる恋人。

方言だろうなとは思っていたのだが、何が恥ずかしいのか口をパクパクして、赤い頬を抑えた。

そして、消え入る様な声で、問われる。

今の会話を聞いたのか?と。

「途中からだが、少し意味が分からない単語があってな。しゃああんめとは、会話から察するに仕方な」

「あ〜!解説なんか、しないで下さい!!オ、オレ、もう恥ずかしくて死ねる」

その場にしゃがみこんで顔を隠す克哉に、首を傾げながらコートを脱ぐ。

ここから見える食卓には、温かい食事が並び、まだ彼も夕飯を口にしていないと知る。

「何が恥ずかしいのか、よく分からないが、もっと君の方言を聞いてみたい」

「……。孝典さん、絶対面白がってるでしょう?」

「面白がる?……興味はあるな。確か、君の出身は栃木だった筈だから……、語尾に“ぺ”を付けるのか、どうか」

自分の出身が東京の為、生きた言葉が無い様に感じる時がある。

無味乾燥した語群の羅列で構成され、言葉の意味も重さも感じ取れないと。

だから、彼の出身地を少し調べた時に知った知識で、本当にそうなのかと確認しただけなのだが、キッとした蒼い瞳が涙目で自分を睨んでくる。

「孝典さんの、あんぽんたん!!」

そんな訳で、夕飯時以降は無言と言う、酷い仕打ちを受けた。

無言の喧嘩が始まって、早3日も経てば、打開策を得る為に、克哉と同じ栃木出身の佐伯と飲む事となる。

ついでに便乗して来たのは、北海道出身の恋人を持つ、静岡県出身の本多だ。

「それ、俺も怒られたな〜。でもな、道産子だぞ?響きからして、何か、こう、可愛い感じがしないか?」

「どうせ、お前の事だ。“マジか、道産子か”とか、言ったんだろ。アイツが聞いたら、腹が立つに違いない」

「そう言うお前の恋人は、何処だよ」

自分を他所に、ビール片手に本多達が話に花を咲かす。

佐伯は眼鏡を直しながら、確かと呟き、山口だったと話す。

「頭痛がするって話したら、頭がわるいなら、病院に行かないとって言われた記憶がある」

「痛い=わるい、か」

ようやく口を挟めば、本多は一人で肩を振るわせ、座敷を叩いている。

「スゲーな!お前の恋人、勇者だな!意味は違えど、お前に頭わるいって!」

ケラケラと笑う様子は、単に優秀さを体現する事を好む佐伯が、聞く者が違えば恋人にバカにされた物言いをされたからだ。

その時に、一瞬でも引き攣る笑顔をしてると思えば、余計に本多の笑いを誘う。

「……取り合えず、このアホは置いといて。その、“ぺ”って言うのは、俺もそうだが、バカにされてる気分になる」

「そうか……。だが、謝るにも、どう謝ればいいか……」

「……。良い事を教えてあげましょうか?」

ニヤリと口角を上げ、佐伯は煙草を取り出す。

勿体ぶった動作と共に、火が付けられた煙草から紫煙が立ち、良い事を告げながら揺れ動く。

「そう言ったら、何らかのアクションは貰えますよ」

「意味は、何だ?」

無知なのは、罪だ。それは、有名な言葉である。

「可愛い」

だが、しかし、甘い言葉程、何とやらなのを忘れてはならない。

佐伯の言葉を胸に仕舞い、二人の家に足を運ぶ。

玄関の施錠を解いて中に入れば、お風呂上がりなのか、上気した頬を携え克哉が廊下に佇んでいた。

「ただいま」

「……。……お帰りなさい」

蚊の鳴く様な声で言われ、久方ぶりの会話を交わす。

その後、宙を泳ぐ視線が意を決したみたいに固まり、蒼い瞳に自分が写り込む。

最初の台詞は、一言。

ごめんなさい、だ。

「あなたには……。多分、他意は無いと分かってますが、オレちょっと嫌でした」

何をと尋ねれば、克哉は頬を掻いて方言と呟く。

「田舎……、臭いでしょう?」

「……そんな事はない。寧ろ、羨ましいと思った。独自の文化がそこに広がり、その土地の人間にしか意味が通じないと言うのは……。いや、正直に言えば、寂しかったが正しい」

「寂しい?」

キョトンと小首を傾げる克哉。

鞄を床に落として彼に手を伸ばせば、されるがままに抱かしてくれる。

そして克哉の耳に唇を寄せて、慣れないながらも言葉を紡ぐ。

「私は、とうと……。君ともやいに生きていきたいと思っている……。その、何だ。伝わっているか?」

「……えぇ」

ずっと、君と一緒に生きていきたい。

「だから、私の知らない言葉で話されると、疎外感を感じてしまう」

家族の会話だと重々承知はしているが、それでも何の話をして、何を聞いているのか気になって仕方ない。

些末な感情なのだが、気付いたら膨れる一方で。

「じゃあ、ぺって言うかを聞いたのは……」

「……私が意味を理解あるいは、喋れる様になったら、もっと君が伸び伸び話せるかと思っただけだ」

気分を害するつもりは毛頭無かったと告げると、そっかと安心した息を吐き出し、私の背中に手を回す。

シャンプーの匂いが香り、仲直りの意味を示す様に、身体が密着する。

「……久しぶりの、孝典さんだ……」

胸に擦り寄られ、苦笑と共に囁いた。

「君は……。本当に、でれすけだな」

ただ、そう言った途端、背中にあった手に力が込められ、低い声が響き渡る。

「……意味、分かってます?」

顔が下を向いている為、どんな表情をしているかは見えない。

しかし、何故かしら地雷を踏んだ気配を感じ、声を発するのを躊躇う。

すると、最初の喧嘩と同じく、キッと涙目で睨まれ、意味を叫ばれる。

「どうせ、オレは、バカですよ!!何で、方言で言うんですか!?それにしても、わざわざ、そんな言葉を覚えるなんて……」

「い、や、ち、ま」

いや、ちょっと待て、佐伯に聞いた意味は……。

「孝典さんの、でれすけ!!」

可愛いだった筈だと言える間も無いまま、克哉に部屋の中に閉じ籠られ、怒りの電話を佐伯にしたのは言うまでもない。




当サイトが2周年を迎えさえて頂いたお祝いに、白夜さんから頂いた小説です!
ギャグをリクエストさせて頂いたんですが、この頃にちょうど二人でハマってたのが「方言」でして(笑)
「克哉が「〜っぺ」って言ってたら、萌えるね!」
なんて話をしたりしていました。
そこも汲んで作ってくださった今回のお話。悶えない筈がない!
不憫な都会っ子・部長は、時々こうやって克哉に「でれすけ!」と罵られればいいよ。
ちなみに、こちらのタイトルは某ドラマCDからだそうで、新潟県と京都府を持っている私としては、ふおぉっ!となりました(CDのチョイス(笑))
それでは白夜さん、お忙しい中、とっても可愛くて癒されるお話、本当にありがとうございました!
これからもどうぞ宜しくお願い致します!


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