「おい、聞いたか?絶対零度の鬼警視が、来週帰国するらしいぜ」

「マジかよ!つっても、もうあの人の居場所なんて無いんじゃないか?」

「そこはそれ。何とでも理由なんて作れるだろ。下に配属される新人も決まってるらしいしな」

「・・・ご愁傷様だな。ま、俺達に火の粉が降り掛からなきゃ、それでいいんだけどさ」

桜の名残も完全に消え、昼間の日差しにジャケットを脱ぐ者も出始めた4月末。
警視庁内では、まことしやかに流れる噂が、人々に違う種類の汗をかかせていた。


御堂警視の不思議事件帳


「いや〜、御堂君。向こうでの研修はどうだったかね?」

満面の笑みを輝かせる大隈は、均整のとれた体つきのその男の肩を、勢い良く叩く。

「・・・ええ、良い勉強になりました」

無駄話は無用とばかりに、御堂と呼ばれた男は冷静に、至極簡潔に答えた。

「君が出向している間も、事件は後を絶たなかったからな。今後も、君の活躍に期待しているよ。新しい配属先と、部下も用意している。明日から早速、難事件に挑んでくれたまえ」

下らない御託ばかり並べるのは、いつまで経っても治らないと内心で毒づきながら、御堂は重い扉を閉めた。
執務室に向かうエレベーターの中で、数秒間だけ目を閉じる。
思い出すのは、暗く突き刺すような映像ばかりで、一瞬、息をするのも忘れていた。
一つ、大きく息を吐いた御堂は、到着の合図と共に開くドアから大きく一歩を踏み出した。


新しく部下になるという人間は、警視庁に配属になったばかりの人物だと聞く。
自分に付くくらいなのだから、相当な厄介者扱いを受けているのだろうと、御堂は自虐的に考えていた。

「失礼します」

遠慮がちなノックの後、静かに入室してきたのは、どこか頼りない印象を受ける青年だった。
緊張しているのか、彼の視線は忙しなく動くばかりだ。
御堂は、得意の簡潔な挨拶を済ませて相手にもそれを促す。
それまでの動きにしては意外にも落ち着いた声音で、彼は自分の名を口にした。

「本日付けで、警視庁刑事部参事官付に配属となりました、佐伯克哉です。よろしくお願いします」

自分の目を真っ直ぐ見つめる瞳に、御堂は皮肉を込めて答えた。

「・・・君も、気の毒にな。こんな所で、こんな人間のお守りをしなければならないとは」

「え?あ、え・・・と」

「私だって、自分がどの様に呼ばれているかくらいは把握している。絶対零度の鬼警視・・・だろう?面白いじゃないか」

その視線は、冷たく克哉を突く。
しかし、当の本人は意に介した様子も無く、あまつさえ淡い微笑を浮かべながら言葉を交わした。
まるで、御堂との会話を心から望んでいたかの様に。

「・・・今回の人事は、オレの希望が叶った結果です。警視と並んで仕事ができるなんて、本当に夢だったから・・・」

上手く世を渡っていくには、世辞の一つでも言えなければならないものだ。
喉まで出掛かった、その皮肉の一言を、御堂は寸前で飲み込んだ。
それは、彼の表情には嘘が見えなかったからという理由に他ならない。

咳払いを一つして、御堂はこれから行うべき業務の話を進める。
真剣に聞き入るその顔に、とりあえずは及第点を与えよう。
上司の密かな胸の内を知る由も無く、克哉は手元の資料を穴が開くほどに見ていた。

「では、この資料をもう一度洗い直してみます」

頭の回転も速い彼が、なぜこの様な場所に飛ばされたのか。
御堂は段々と疑問を持ち始めていた。

「それでは、失礼しま・・・・・ふぎゃ!」

そして、その理由が今、はっきりした。

「い・・・った・・・」

扉を引いて開けようとしたは良いが、なぜ自分との距離を測れなかったのか。
結果、景気良く顔面を重い扉にぶつけて、涙目になっている克哉。
御堂は呆れを通り越した、天晴れな感情が芽生えるのを自覚する。
これから共に職務を全うして行く部下に多少の不安を残しつつ、御堂は溜め息を吐きながら、質の良い椅子に深く背を預けた。





日記に掲載していたものです。
警視庁のエリート警視とドジっ子刑事という、個人的趣味丸出しの話です。

本人は至って普通のつもりなのに、舞い込んでくるのは不思議な事件ばかりで苦労が絶えない御堂警視と、なにかと間違えて警視に手錠を掛けそうになる佐伯警部補のドタバタストーリー!
みたいなあおりでどうですか。

という冗談はここまでにして、ここまでお読みくださり、ありがとうございました!


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