14000打目を踏んでくださった、ななしのななちゃん様への贈り物です。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。



これまでの人生に於いて、欲しいものは全て手に入れてきたと言っても過言ではない。
それは、自分の努力による結果だと自負している。
何事も地道に積み重ねていけば必ず報われると信じていたが、しかしどうやら、努力だけではどうにもならない事もあるらしいということが、最近になって漸く理解できた。

人の心というものは、この世で最も摩訶不思議な事象だ。


ひとひらの宣戦布告


「はい、取れましたよ」

自分の肩から目線へと戻ってきた彼の掌には、一片の花びらが乗せられていた。

「桜・・・」

「満開ですからね。・・・ふふっ。よく似合っていたから、取らない方が良かったでしょうか」

冗談めかしながら微笑む顔に、ドキリとする。

「きれいですね・・・」

桜の花の美しさなんて、彼の笑顔に比べれば霞も同然だ。
しかしそんな言葉は押し込めて、ただ一回、彼の言葉に頷いた。

彼、佐伯克哉が、子会社であるキクチから、自分の勤めるMGNへと採用されてから数ヶ月。
そうなるよう働き掛けたのは私自身だが、しかしそれが叶ったからといって、手離しで喜べる日は去ってしまった。
自分でもおかしいと思う。
七つも年下の部下、しかも男である彼の一挙手一投足に、何故こうも心を乱されなければならないのか。
そう、思うのに・・・。

「あ、そうだ。・・・はい、御堂さん」

再び差し出された彼の手には、一本の缶コーヒーが握られていた。
礼を言って受け取ると、安心した様な表情を見せられる。

「よかった。御堂さんって、缶コーヒーとか、コンビニのおにぎりとか、そういうのを買われるイメージがないから、もしかしたら突き返されるかもと思って・・・」

「私だって、缶コーヒーくらいは飲む。・・・たまに、だが」

「おにぎりは?」

はにかんだその顔に思わず視線を逸らす私へ、意外な質問が飛んできた。
くすりと笑う彼の頬は、まるで、私達の周りで咲き誇る桜だ。

「・・・ないな」

気の利いた回答をしたとは思えなかったが、彼は思いの外、嬉しそうに話し出した。

「じゃあ、今度、オレが作ってきます。けっこう得意なんですよ、おにぎり作るの。・・・・あ。でもそれじゃ、コンビニのおにぎりじゃないから、意味がないのか・・・」

と、一人で考え込み出す姿には、「可愛い」という表現が合っていると思う。
今までにそんな言葉を使ったことがないから、こういう使用方法が正しいのかは少々疑問だが。

「今の時期だと、お花見もいいですよね」

いつの間にか話は進んでいたようで、手製のおにぎりを披露してくれるという彼に、週末の予定を訊ねられる。

「・・・君は、どこへ行きたい?」

現在の仕事の状況だと、互いに十分休暇は取れる筈。
時間と場所を吟味して、この機会に部下との親交を深めるのも悪くない考えだ。
一つ断っておくが、これはあくまで、円満な職場環境を目指す向上心と取って貰いたい。

「う〜ん。決めるとなると、難しいですね。・・・そうだ!一室の皆さんにも訊いてみましょうか。藤田くんなら、元気に手を上げて答えてくれそうですしね」

変わらぬ笑顔に、一瞬、私の思考が止まる。

「皆、とは・・・」

その微笑みにつられて返した笑みが引き攣っていない事を祈るばかりだが、なるほど、どうやら、相手は思ったよりも手強いらしい。
ならばこちらも望むところだ。

「佐伯君」

「はい?・・・っ、あ・・・」

「・・・君にもよく似合っていたが、外さない方が良かったか?」

グレーのスーツに映えていた、ひとひらの桜色。
摘んだそれを彼の掌にそっと乗せ、見上げた先には春の空。

「・・・いつか・・・・」

「?御堂さん、何か仰いましたか?」

「いや。何でもない」

風に流れる花びらに乗った、私の独り言。
それは、君への静かな挑戦状。
けれどきっと、私が勝手に始めたこの勝負の勝者は、初めから決まっているのだろう。





あとがき

小説


BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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