相互リンク記念として、優雨様に捧げます。
Sound Horizonのアルバム『Roman』から、御克パロで書かせて頂きました。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
遠い昔の物語。
今はもう、語る者さえいない古い御伽話。
とある小さな王国で、眠り続ける双子の人形姫がいた。
一人は紫陽花の瞳麗しいHortense。
一人は菫の瞳を煌かすViolette。
彼女達を呼び起こしたのは、一人の青年だった。
青年は問う。
双色の瞳が見つめるその世界に、ロマンは在るのか――。
Roman
青と紫の物語
<セイトシノモノガタリ>
「――・・・さん。・・・うさん」
誰かが私を呼んでいる。
おかしい。
頭では反応しているのに、身体が動かない。
「・・・・さん。御堂さん!」
「・・・っ!」
急に開けた視界に飛び込んで来たのは、困惑から安堵へと表情を変える青年の姿だった。
真上からその青い眼が自分を覗き込む。
御堂は、汗で濡れた額に右手を当てて、ソファに座り直した。
「大丈夫ですか?」
心配する顔と共に、清潔なハンカチが手渡される。
礼を口にして、自身の周りを埋め尽くす書籍を手近な位置に置き直した。
「・・・ほどほどにしてくださいね。書類や本で生き埋めになったら、どうするんですか?あと、仮眠を取るなら、ちゃんとソファを片付けて、毛布も掛けてくださいと何度も・・・」
嗜める様な口調でコーヒーを作るのは、出会ってかれこれ10年になろうかという付き合いの彼、佐伯克哉。
御堂が大学卒業と同時に入った研究所で、すでにアルバイトとして雑務をこなしていた彼を、個人の助手として引き抜いてからは3年が経っていた。
世界史を中心に歴史文学を研究する御堂は、学生時代から懇意にしている教授の薦めもあり、大学に隣接する研究所に就職することになった。
「夢中になってしまうと駄目だな。だが、やっと目処がつく」
「・・・本当に!?」
とある国の小さな古城から見つかったという歴史書。
物語としても読むことが出来るその書物が、巡り巡って御堂の元へと届いた。
研究者としての血が騒ぐとはこの事かと実感しながら、その研究に没頭して早数年。
克哉も巻き込んでのそれは、論文の完成を目前に二人に光をもたらしていた。
研鑽の結晶が形になった暁には、これまでの感謝を込めてご馳走でもしよう。
胸に密かに抱えた計画を喜んでくれたら嬉しい、という内心とは裏腹に、再び始まった克哉の小言に冷静を装って苦笑を漏らしながら、御堂はソファの背凭れに背を預ける。
「本に埋もれて死ぬなら、それも本望だがな。・・・・ありがとう」
そう冗談めかして熱いマグカップを受け取り、揺らめく湯気の向こう側にある克哉の呆れた顔を見る。
「・・・。・・・オレは、嫌です。・・・・孝典さん、オレは・・・」
ゆっくりと静かに近付く、儚さを纏った影。
御堂は言葉も忘れて、その貌を自分の目に焼き付ける。
しかし、二人の交わる視線は、所内に流れた放送によってすぐさま方向が変わってしまった。
「!!・・・あ」
スピーカーから御堂の名が聞こえ、二人の間に沈黙が落ちる。
「・・・すまない。少し席を外す」
「あ、はい。いってらっしゃい」
扉に隔てられる二つの顔が同じ色に染まっていたのは、互いに知らない。
朝と夜
生とシ
焔<ひかり>と幻想<やみ>
それは 貴方の 記憶の中に
人気の無い廊下は、異様に靴音が響く。
自分のものではない様な感覚を覚えるそれに、御堂は敢えて意識を逸らした。
(・・・変な夢だった・・・)
いつの間にか眠っていた、先程の事を思い出す。
克哉に呼ばれなければ、仄暗く底の見えない世界に飲み込まれていたのではないか。
何の根拠も無く、抽象的としか言いようの無い「何か」に追われる感覚。
それが唯の夢ではない事に、貴方はいつまで気付かぬふりをするの?
ガシャン
「っ!・・・あ〜。やっちゃった・・・」
白い破片が床に散らばる。
御堂から受け取ったマグカップが、逃げる様に克哉の手から滑り落ちた。
鋭い切り口を眺める紫陽花色の双眸が、悲しく揺れる。
「・・・・孝典さん・・・。どうか・・・・この世界では、ただ幸せに・・・Monsieur・・・」
軌跡 鬼籍 奇跡
継ぎ 繋ぎ 紡ぎ
アなたに思い出してほしいの。
「佐伯君、すまない。思ったより時間が掛かって・・・」
研究室に戻った御堂は、扉を開けた瞬間、言葉を失う。
そしてその時、全てを思い出した。
そして、全てを理解した。
「・・・そうか。・・・・君は・・・紫陽花の姫・・・だな」
そこには、左の頬に太陽の紋章を刻んだ青年が立っていた。
哀しみを帯びた青い眼が御堂を見据える。
「・・・・ごめんなさい。本当は、ずっと思い出さなければいいと・・・思っていました」
『Roman』
それが物語の名前。
ワすれないで
朝を視て 夜を抱き
青<セい>と紫<し>の世界に 貴方は・・・
「そうだ。・・・私は・・・・・死んだのだな」
克哉の瞳が揺れるのを、御堂は、自分でも意外なほど冷静に見つめていた。
朝陽を視ずして月に誘われた魂は、物語<ロマン>を求めて旅をする。
「孝典さん・・・オレは、あなたに・・・」
「克哉。君がいてくれて良かった。・・・・・私のHortense」
たとえ生まれ変わっても、その記憶は永遠に生き続ける。
だから、何度でもその名を呼ぼう。
「今度こそ、あなたに幸せに生きてほしい・・・」
紫陽花色の瞳から、とめどなく流れる涙。
御堂はそれを長い指で掬いながら、白い頬に口づける。
「ああ。私は今、十分に幸せだ。隣に君がいるのなら・・・。だが、物語はまだ全てを探し終えていない。君と共に見つけたいんだ。――ロマンを。・・・それに、Violetteを起こさなければならないしな」
「・・・ふふっ。お寝坊さんですからね」
まだ見ぬ片割れの姫を想い、二つの笑顔が灯る。
見つけよう。
私達ノ物語<Roman>を
生きてきた軌跡と
生きていた鬼籍
そして
生きている奇跡を
「きっと愉しい旅になる。なぁ、克哉。其処にはどんな・・・」
ロマン――
今度は、あなたが探す番。
fin...
⇒あとがき
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