11000打目のキリ番を踏まれたご訪問者様への贈り物です。
お待たせ致しました。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。




桜日和


3月に入り、日差しが心地好くなりつつある、休日の朝。
克哉はカーテンを開けながら、一つ伸びをした。

「いい天気・・・」

朝の光が克哉の髪をさらに明るく見せ、空と同じ色の眼は、柔らかく細められる。

「克哉・・・?もう起きるのか?」

背後から眠気を隠さぬ声で名前を呼ばれ、振り返った先には、大好きな彼。

「おはようございます、孝典さん」

克哉はベッドに歩み寄り、恋人の寝乱れた髪を優しく撫でた。
気持ち良さそうに瞼を閉じる御堂は、克哉の膝に頭を乗せ、その腰に手を回す。

「今日はいい天気ですよ。ずっとベッドで過ごすのは、勿体無くないですか?」

「それはそうかもしれないが・・・。君だって、嫌いな訳じゃないだろう?」

「う・・・。それは・・・。でも、せっかくの天気だし、今日は布団を干そうかと思って」

「布団を?そんなもの、頼めばすぐに・・・」

「お日様の下で干すと、いつもより気持ち良く眠れますよ。だから今日は、バルコニーを貸してください」

有無を言わさぬ笑顔で起床を促され、御堂は、これ以上は無理だと観念して、のろのろと布団から半身を起こした。

「・・・自分で布団を干すなんて、何年ぶりだろうか」

ラフな普段着に着替えた二人は、穏やかな陽の光が降るバルコニーに立っていた。

「孝典さんでも、布団を干してた頃があったんですか?」

目を丸くして問う克哉に、そんなに意外かと、御堂が逆に問う。

この恋人から、庶民の香りがあまり感じられないというのは、今に始まった事ではない。
出会った時から、自分とは違う場所に立っていると思っていた。
そこに自分が立つ日なんて、きっと一生来ない。
そう思っていた。
だから、そんな彼と今の関係を築けるなんて、思っても見なかった。

「君は、まだそんな事を言うのか?」

本音を漏らした克哉に、御堂がいつもの笑顔で口にするのは、何度となく使った言葉。

「君は、バカだな」

白い頬に唇が触れると、それはすぐに色付いた。
くすりと笑って、克哉は、でも、と続ける。

「最近は、けっこう庶民的だな〜と思う事が、たまにあったりして」

「そうなのか?」

「はい。さっきも、布団からなかなか出てこない所とか、なんだか、春休み中の子供みたいで可愛かったし、この間の買い物の時は・・・」

「わ、分かった、克哉。もういい」

無邪気に話す恋人に歯止めを掛け、バツの悪そうな顔を見せる御堂。
その逸らされた顔が少しだけ赤いのを見て、克哉はまた微笑んだ。

「そういう所とかも、とても可愛いです」

今度は、克哉から御堂の頬に軽く口づけ、それじゃ、と腕捲りを始める。

「始めましょうか」

とは言っても、使用しているのは二人で一つの寝具なので、程なくして全てが陽の光を浴びることとなった。
その僅かな時間の中でも、段差につまづいて尻餅を着いた姿を御堂が笑ったり、布団の干し方で克哉が怒ったり、和やかな空気は、時を忘れさせる。

「ここからだと、いろんなものが見えますね」

バルコニーの手摺りに手を掛け、克哉は街を見渡した。
時折吹く風が頬を撫で、それがとても心地好い。
瞼を閉じた克哉は、ゆっくりと深呼吸をする。

「ね、たかの・・・」

何度目かの大きな息を吸い込んだ後、振り返ろうとした克哉は、恋人の顔を見る前にその背中を抱きすくめられた。

「た・・・孝典さん・・・?」

突然密着した身体は、温かさを通り越して、すぐに火照るほどの熱に変わる。
そこに、首筋に掛かる吐息が混ざれば、克哉の鼓動は途端に跳ね上がった。

「孝典さん・・・。ここ、一応、外ですよ・・・?」

もっともらしい事を口にしてみるが、この恋人が、そんな言葉で止めてくれるとは、克哉も思っていなかった。
寧ろ、嬉しいと感じる自分がいるのだから、恋は盲目とはよく言ったものだ。
背中に抱きついたまま何も喋らない御堂は、その腕の力だけで応えた。
離すつもりはない、と。

克哉も、それ以上は何も言わず、前に回された手に自身の手を重ねる。
指を絡ませながら、克哉は一言、恋人の名を呼んだ。

「・・・なんだ?」

頬に頬を摺り寄せ、まるで猫が懐く様な仕草を見せながら返事をする御堂。
克哉の小さな声を一つでも聴き漏らさぬように、それ以上近付けられない身体を、さらに密着させる。

「もう少し暖かくなったら、また、桜を見に行きませんか?」

「そうだな。私も今、そう言おうと思っていた所だ」

小さな蕾が開く時は、今度は自分から、彼の背中を包み込みたい。
今は蕾の様な克哉の大志も、もうすぐ訪れる春が、それを大きな花に変えるだろう。





あとがき

小説


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