1万打目のキリ番を踏んでくださった、風花様への捧げ物です。
お待たせ致しました。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
木洩れ日が見つめる時間
短い桜の季節も終わりを告げ、木々が青く染まりつつある晴れた日。
いつもの場所という表現で通ずる、この公園の景色もまた、風を受けて戦ぐ青葉に彩られていた。
「すみません。お待たせしました」
「いや。私も、今来たところだ」
上気した克哉の顔を見れば、彼がどんな風にしてここまで来たのか、御堂には手に取る様に分かった。
ベンチに腰掛けていた身体を少し横にずらし、恋人の座る場所を空ける。
はにかみながら隣に座る克哉は、それ以上何も言わず、御堂もまた、そんな柔らかな表情を見せる恋人の横顔を何も言わずに見つめいていた。
「桜、もう終わっちゃいましたね」
「そうだな」
二人して見上げた先には、彼らの会話に応える様に青葉が揺れていた。
『時間が取れるようなら、いつもの公園で待っている』
件名に「昼休み」と題された御堂からのメールを受け取ったのは、出社して2時間ほど経ってからの事だった。
ラボで川出との遣り取りを終えた後、すぐに確認した携帯電話の画面を見て、思わず胸が高鳴る。
短い文面ながらも、そこから彼も自分に会いたいと思ってくれているのだと感じると、顔を綻ばさずにはいられなかった。
いつもよりずっと、てきぱきと仕事をこなした克哉は、浮き足立つ心を押し込めて社を後にした。
逸早く出た筈なのに、御堂の方が先に着いていたのには驚いた。
これでも急いで来たつもりだったと克哉が言えば、御堂は、恋人の前髪を優しく撫でながら答える。
「早く、君に会いたかったからな」
そんな事を微笑みながら言われてしまうと、言われた方は赤くなる他ない。
だがそれは、自分も同じ事だ。
彼に会いたい一心で仕事を早く終わらせて、半ば走る様にしてここまで来た。
触れ合うには1cmだけ遠い場所にある、御堂の手。
そこにありったけの勇気を込めて、ゆっくりと自身の手を重ねた。
すると、すぐさま同じ温度が優しさを纏って返ってくる。
長い指が絡められ、その力は段々と強さを増し、克哉の胸には幸せが込み上げた。
「オレも、早く会いたかったです」
「ああ。こんなに汗を浮かべて走って来てくれるほどに、だろう?」
撫でていた額に唇を落とし、先程とは違った貌で笑う御堂。
あたふたと周りを見回す克哉は、恋人の大胆な行動が他人に見られていないか、気が気ではない。
しかし、そんな克哉にはお構い無しに、彼はさらに恋人を困らせる。
「えっ!?ちょ、御堂さん!?」
徐に身体を動かした御堂は、そのままベンチに横になり、頭を克哉の膝に乗せた。
満足そうに目を瞑る御堂とは対照的に、どうしたら良いのか分からない克哉は、顔を赤くしたり青くしたり、忙しそうに表情を変える。
慌てながら御堂の名を呼ぶが、当の本人は至って冷静に見つめ返してくるばかりで、この体勢を変えてくれる気は無いらしい。
「み、御堂さん!こんな・・・。誰か来たら、どうするんですか!?」
「別に、悪い事をしている訳じゃないんだ。堂々としていれば良い。それとも、君には何か不満が?」
全く意に介さずといった様子で、御堂は愉しそうに恋人の困り顔を見上げている。
確かに平日の公園では、この道の人通りは皆無と言って良い。
だが、この時間であれば、いつ散歩に来る人間がいてもおかしくはないし、自分達の様に仕事の休憩時間に利用する人間が来るやも分からない。
そんな状況で、次に彼がどういう行動に出るか、御堂はそれを試している様にも感じられた。
「・・・・・。もう。知りませんよ?それなら、孝典さんを、うんと甘やかします。寝坊しちゃうくらい。
それと・・・。そう、ですね。一つだけ不満があるとしたら、この距離じゃ、キスができないって事でしょうか」
ふふ、と笑って、克哉は御堂の髪を柔らかく撫でる。
その可愛らしい笑顔に一瞬だけ目を見開いた御堂だったが、すぐにまた元の表情に戻り、一見すると、挑戦的にも見える笑みを浮かべた。
「それは、帰ってからのお楽しみだな」
「はい」
素直な返答に更に笑みを深くし、木洩れ日が照らす明るい髪を優しく弄る。
「とても、綺麗な色をしている」
克哉の髪を触りながら、御堂は慈しむ様に目を細めた。
膝の上から見上げてくる恋人に、それは貴方の方ですと、克哉は頬を染めて微笑みながら答える。
「この髪も、目も、肌も・・・。全部、オレの大好きな色です」
「君は・・・」
克哉が愛しいと言ったその色が、淡く色付いた。
御堂は、克哉の髪に伸ばした手をそのまま頬へと移して、自分よりも赤らんだ顔を大切そうに撫でる。
「愛しています。孝典さん」
頬に添えられた手に自身の手を重ねた克哉は、静かに、だがはっきりと、その言葉を伝えた。
「私も、君を愛している」
そして、返される言葉の温もりが、心を満たすのを実感する。
春が終わり、夏が来るまではもう少し。
柔らかな風は、二人を包みながら青葉を揺らし、若葉から零れる陽光だけが、幸せな恋人達を見ていた。
⇒あとがき
⇒小説