ある朝の風景
冬がもう、すぐ目の前まで近づいてきている。朝目覚めても、なかなか布団が手放せなくなってきた。
今日もまた一段と寒い日になりそうだ。
「克哉、そろそろ起きないと遅刻だぞ?」
「う〜ん、はい…、おはようございます、孝典さん」
そう答えたものの、克哉は一向に布団から出ようとしない。
昨夜は遅くまで仕事だったし、今朝は昨日にも増して寒いから、起きたくない気持ちも分からないでもないが…。
「克哉」
彼の名前を呼びながら、ベッドの端に腰掛ける。
なんて幸せそうに寝ているのだろう。可愛い寝顔だ……ではなくて!
「克哉っ!」
「ふあ!はいぃ」
やっと目を開けてこちらを見る。
しかしまだ布団から出る気はないようで…。
「いつまで寝ている気だ?まったく…。
昨日の仕事の為に、今日を無駄にしたら本末転倒だろう」
「う…すみません。ただ…」
「ただ?」
「寒い日の朝の布団って、入っててすごく気持ち良いな…って思ってたら、なかなか出られなくて…」
えへへ、と笑いながら起きようとする克哉を、今度は逆に私が押さえつけた。
「た、孝典さん!?」
「そんなに布団と一緒が良いんだろう?だったら・・・」
抵抗できない彼のパジャマの中にゆっくりと手を入れる。
「え…たか、の……ぅわあ!!つめた!あははは!た、孝典さん!やめてください!つ、冷たいですって!!」
洗ったばかりの冷気を帯びた手で克哉の素肌を触ると、予想以上の反応が返ってきて楽しくなってしまった。
「孝典さん、手、離してください!」
冷たさとくすぐったさで涙目になっているが、まだ止める気はない。
「今まで温もっていたんだから、このくらい何てことはないだろう?」
「そ、それとこれとは話が別です!それにほら、早くしないと、本当に遅刻になっちゃいます」
「自業自得だ。いつまでも布団にしがみついている方が悪い」
自分の言葉に、我ながら呆れた。
布団にまで嫉妬するほど、私は克哉に溺れているのだ。
その心境を知ってか知らずか、克哉は今まで繰り返していた抵抗をやめ、じっとこちらを見据えている。
一瞬、彼を押さえ込んでいた手の力が緩んだ隙に、克哉の両手が私の顔を優しく包み込んだ。
「おはようございます、孝典さん」
目覚めの挨拶と共に、柔らかなぬくもりが、そっと唇に触れる。
他愛もない挨拶、軽い口づけ。
言葉にすれば一言で済ませてしまうこんな行動が、君がするというだけで、これ程までに心をざわつかせるのは何故だろう。
……何故?そんな事、決まっている。
「おはよう、克哉。愛している」
この自分の一言で、彼もまた同じ気持ちになっているのだろうという事は、自惚れではないはずだ。
だって、今、目の前の恋人は顔を真っ赤にさせながら、オレもです、と応えてくれたのだから。
⇒あとがき
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