水面上での考察
ぴちょん
小さな水滴が、多分、文字にすればそんな軽い音を立てて、天井から落ちた。
ある程度の広さがあるといっても、大の男が二人も入れば、その浴槽はたちまち狭くなる。
だが、克哉の心中は、今やそれどころではない。
付き合い始めてまだ日も浅い『恋人』が、隣でゆっくりと湯に浸かっている姿を見るのは、この上なく幸せだと思う。
けれど、このように無防備すぎると、過剰に意識する自分が恥ずかしい。
湯の所為だけではない体温の上昇は、克哉の顔を一気に染めていく。
つい先程まで、散々、大きな声で人には言えない事をしていた身としては、今更と言われても反論は出来ないが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
それが、明るい中で、彼の顔が鮮明に見えるからなのか、一糸纏わぬ姿で隣り合っているからなのか、恐らく両方だろうが、その他にも探せば色々と出てくるような気がする。
そんな事を悶々と考えながら、克哉はすぐ横の端正な顔をちらと見た。
すると、目を瞑っていると思っていた彼と、思いもよらず目が合ってしまった。
言い訳する必要はないのに、なぜか口ごもり、言葉を探す克哉。
そんな姿を可愛いと言われ、更に言葉に困ってしまった。
「か、かわいくなんかないです・・・。御堂さん、その・・・あんまり見られると、恥ずかしいです・・・」
水が滴る色素の薄い髪を弄りながら、御堂は愉しげに笑う。
「君は可愛い。さっきも十分、可愛かったがな」
「あ、あれは・・・!」
静かな水面が少しざわつき、克哉の真っ赤な顔に、御堂が近付いた。
「みど・・・・ぷぁ!?」
「フフッ」
子供の様に笑う御堂の両手は合わさっていて、顔に勢い良く湯が掛けられた克哉は、目の前の恋人が何をしたかがすぐに分かった。
「御堂さん!」
また一つ、見たことのない彼の貌を見られた。
克哉にはそれだけで嬉しかったが、その余韻に浸る暇もなく、再度攻撃を食らう。
だんだん楽しくなってきたのか、御堂は克哉の制止を聞こうとはしない。
「もう怒りました!」
笑いながらでは、説得力に欠けるのは誰が見ても明白だ。
そんな事は互いに分かっていたが、御堂も敢えてそこには触れずに水面を揺らす。
成人男性2人が湯船の中ではしゃいでいる様は、冷静さを取り戻した自身らがそれを見た時、赤面ものに違いない。
そう。
もし冷静さを持っていたなら、堅物と名高い御堂という男が、こんな姿を晒すだろうか。
否。
たとえ今の状況に冷静でいたとしても、御堂は同じ事をしただろう、と自己分析をしていた。
つまり。
「やっと、緊張が解けてきたか?」
「え?」
「さっきまでの君は、ずっと緊張し通しだったからな。
そんな風に笑ってくれるなら、たまにはこうするのも悪くない。
楽しかっただろう?」
「み・・・、・・・孝典さん・・・」
薄紅色の頬を撫でながら、御堂は克哉に微笑みかけた。
けれどその笑顔は、まだいつもの彼が見せるそれより、随分と幼さを纏っている。
そんな御堂に、克哉もまた微笑み返し、頬に唇を落とした。
「こんなに楽しいお風呂は、初めてです」
「私もだ」
静かになった湯船の水面には、二つの素直な笑顔が映っていた。
⇒あとがき
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