お手伝いする?
「あの、孝典さん・・・」
「何だ?」
「その・・・少し、動きにくい・・・んですが・・・」
この状態が続いて、かれこれ10分が経った。
キッチンに立つ克哉は、困った表情を浮かべながらも鍋に火を掛け始める。
克哉は、子供の様な表情を浮かべた御堂の顔を肩に乗せられ、背後から腰に手を回されていた。
これでは、緊張するなという方が無理な話である。
手元では、火を扱いながら包丁まで握っているのに、このままでは危険だ。
僅かに残った理性をフルに使い、必死に心を鬼にしようとした克哉は、左肩へ振り向きながら小さく苦笑する。
「あの・・・。危ないですから・・・ね?」
無意識に小首を傾げる恋人が可愛くない訳はなく、御堂は益々、悪戯心を刺激された。
そもそも、事の発端は、克哉の一言がもたらしたものだった。
『克哉、明日なんだが・・・』
『あ、そうですね。どうします?
オレも、あんまり経験はないんですが、やっぱりないと寂しいし・・・』
御堂が持ち掛けたのは無論、彼にとって最も大切な記念日を二人でどう過ごすかという旨だったのだが、目の前の彼は、何か少し着地点の違う方向で話を進めるつもりらしい。
御堂が再度聞き返すと、克哉は虚をつかれた様に目を見開き、その顔はみるみる内に朱に染まっていく。
『あ・・・。ありがとう・・・ございます・・・』
『いや・・・』
まだ何もしていないのに、この謙虚な恋人は、頬を赤らめながら礼を言う。
そんな克哉に御堂もまた頬を緩めてしまう、12月30日の午後だった。
そして、時間は現在に戻る。
「君が、おせち料理を作ってくれると言うから、私も手伝おうと思ってな」
そんな気が全くない事は、当人の目を見れば明らかなのだが、ありがとうございますの一言を忘れないのが克哉だ。
「で、でも・・・ッ。手伝ってくださるなら、横に来てください」
耳に掛かる息に身を捩りながら、克哉は小声で抵抗する。
だが、御堂が手を離す様子はなく、寧ろ身体の密着度合いは増した様にさえ感じた。
「あの・・・孝典さん。・・・怒ってます?」
「どうして?」
これには御堂も素直に驚き、その反応が素直に出てしまった。
すると克哉は、今にも泣きそうな顔で言う。
「その・・・今日は、せっかく・・・」
そこまで言った克哉は、次は謝罪の言葉を口にしながら下を向いてしまった。
御堂は、そんな事で恋人がその様な表情を作ったとは思ってもみなかったから、少なからず戸惑いを見せる。
しかしその色も、すぐに穏やかなものに変わる。
「そんな事は、気にしなくて良い。
君がおせち料理を作ってくれるなんて思っていなかったから、上手く言葉を見つけられなかっただけで・・・嬉しかった。
・・・それに、これが出来れば、あとは私に付き合ってくれるんだろう?」
「孝典さん・・・。はい。今夜、とても楽しみにしていますね」
「ああ」
どんなに寒い年の瀬も、二人で過ごせば、幸せで温かくなる。
それを実感しながら、柔らかい口づけを交わした。
「・・・・・あぁ〜!鍋〜!」
「・・・締まらないな」
⇒あとがき
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