いざという時に取る行動こそ、その人間の真の姿だと言えるだろう。
だから私は、どんな場面でも冷静に対処できるよう、常日頃からあらゆる事態を想定して行動している。
だが。
私としたことが、こればかりは想定外だった。
白い悪魔の遭遇
車の調子が悪く、電車で通勤する羽目になった日の朝。
天気は生憎の雨で、眉間の皺は増える一方のこの日、御堂孝典は道端に置き捨てられた一つの箱に目を留めた。
これは決まって、生まれたての動物が入っているパターンであろう。
御堂はすぐに視線の向きを変え、箱を視界から遠ざけた。
ただでさえ機嫌の悪い日に、更なる面倒事など、以ての外だ。
そう通り過ぎようと、傘を片手に寒空を歩み続けた。
しかし、件の箱のすぐ傍まで近付くと、御堂はそこに目を奪われてしまった。
理由は一つ。
何といっても、箱が巨大すぎる。
そこで御堂は初めて、自分に呆れの溜め息を吐いた。
数十m先からもダンボール箱と認識できる程、それは大きな物だったのだ。
その中に動物が入っているなどと、どうして考えたのか。
大方、近所の住民がゴミでも出したのだろうと、考えを改めた。
もし本当に中に子犬でもいれば、やはり若干、心は痛む。
それが杞憂に終わり、御堂は箱を横目に、傘を持ち替えた。
その瞬間、御堂はあるまじき物を見た。
箱の上部から、何か白いものが持ち上がって来たかと思うと、真っ黒で大きな瞳が、御堂をまっすぐに見つめている。
白い毛並みは雨に濡れ、実際の量よりも随分と少なく見せていた。
子猫でも、子犬でもない。
これは、記憶に間違いがなければ――
「・・・アルパカ・・・?」
一体この世に何人、雨の日にダンボール箱を見つけ、その中のアルパカと目を合わす人間がいるだろう。
貴重な体験に涙を堪えつつ、御堂は取り敢えず、白い生き物に傘を差し出した。
今考えれば、保健所に連絡するなり、方法は色々あった筈だ。
だが、ずぶ濡れのアルパカは、現在、御堂の部屋の中にいた。
「我ながら、正気の沙汰とは思えんな」
あの後、その場で会社に連絡をし、その日一日を休むことにした。
流石にアルパカを拾ったからなどと、ふざけた理由は口に出来なかったので、適当に風邪でも引いておいた。
大量のバスタオルで水気を拭き取り、丁寧にドライヤーまで使ってやる。
人にもしたことがない事を、どこの馬の骨、もといアルパカの骨?か分からないやつに施してやったのだ。
鶴以上の恩返しがあっても罰は当たるまい。
御堂は内心で毒づきながら、水気が無くなる毎にふわふわになっていく毛並みを、手櫛で梳いていく。
すると、気持ち良さそうに目を閉じたアルパカは、大人しく御堂の手を受け入れ、今にも完全な眠りに誘われようとしていた。
「・・・・ふぇ〜」
「!!?」
その時だった。
何処からとも無く、奇妙な音が発せられ、それは素直に御堂を驚かせた。
初めて耳にする不思議な音。
その音源が、目の前の動物から漏れた鳴き声だと気付くのに、少し時間が掛かってしまった。
「・・・見た目と同じで、間抜けな鳴き声をしているんだな」
驚かされた仕返しに、嫌味を言うくらいは許して欲しい。
それがたとえ、言葉の通じない獣であっても。
「ふぇ〜ぇ〜」
黒い瞳をくりくりと動かしながら、御堂の心中を読んだとしか思えないタイミングで、アルパカは再度、声を上げる。
「・・・・腹が・・・減っているのか?」
現在、この獣に必要な餌が、自分の家にあるとは到底思えない。
それでなくても、この生き物が何を食べるかなんて、御堂には全く分からないのだ。
「とりあえず・・・。水くらいなら飲むだろうか・・・」
冷蔵庫にある、めぼしい物はそれくらいのものだろう。
腰を上げた御堂は、不安いっぱいの表情でキッチンに向かった。
「・・・はぁ。面倒な事になったな。明日にでも、保健所に連絡しよう」
冷えたミネラルウォーターを取り出し、手近な器に注ぎ込む。
予想通り、冷蔵庫の中にはそれ以上のものが期待できなかったので、それだけを手にして、部屋に戻った。
このすぐ後の出来事を、後に冷静に分析すれば、今日は水難の相が出ていたのかもしれないと、御堂は思った。
ああ、そうだ。
確か、ろくに見ないテレビ番組の朝の占いで、今日は天秤座の運勢は最下位だったような気がする。
けれど、あんまりではないだろうか。
私が何をしたと云うんだ。
驚きのあまり、手から水の満ちた容器が滑り落ち、フローリングには瞬く間に大きな水溜りが出来た。
しかしそんな事よりも大変な出来事が、今、目の前で起きている。
御堂の目の前には、先程の真っ白な生き物の姿は何処にも無く、代わりに、一糸纏わぬ青年が、何とも呑気に眠っていた。
「・・・・。おいっ!起きろ!」
「ん・・・・・、ふぇ?」
「ふぇ、はもういい。君は誰だ?私は、人間を家に上げた覚えは無い。警察を呼ぶぞ」
裸の青年に対して容赦なく詰め寄る御堂には、先程よりも勢いがあった。
相手が人間であるという事が、思った以上に、彼に精神的に安定を取り戻させたようだ。
「さっきのアルパカもどこかに行ったようだし・・・。一体、今日は何なんだ・・・」
眉間に深く刻まれた皺が彼の不機嫌さを物語っているが、眼前の青年はそれに動じた様子も無い。
そのまま徐に立ち上がり、快晴を思わせる色をした眼が、怒りに歪める顔を覗き込んだ。
「・・・こんにちは。オレ、佐伯克哉といいます」
屈託無く笑う表情が印象的だった。
一応、日本語は話せる様で、御堂は内心でほっと一息を吐く。
「名前は分かった。だが、君がどうしてここにいるのか、どこから来たのか、聞かなければならない事は山ほどあるが・・・。
まずは・・・。服を着ろ!」
「え・・・っ。でも、オレ、最初からこうでしたよ?」
「それは、世間一般では変態と呼ばれるが、君はその類の人間か?」
「えと、えと・・・」
言葉を探しているのか、落ち着かなく視線を彷徨わせる様が少し気の毒に感じたのは、彼の持つ雰囲気が、先程まで世話を焼いていた獣にどことなく似ているからだろうか。
「・・・ほら、そこのバスタオルにでも包まっていろ。・・・・。なら、質問を変える。君は、どうやってこの部屋に入ったんだ?」
この質問には、青年は即答だった。
「あなたが入れてくださったんですよ・・・?」
この数十分で、記憶が喪失するなど有り得ない。
よって、御堂は、自分がこの変態容疑の掛かった青年を部屋に招き入れたなどという事態を、断固否定した。
「私が入れたのは、アルパカ一頭だけだ」
「オレが、そのアルパカです」
――これは、悪い夢だろうか。それとも笑い話?
どちらにせよ、この状況で笑えるほど、御堂の神経は太くは無かった。
だがそれを本人に言わせれば、たとえ、しめ縄並みの神経を持ち合わせていようと、現状を受け入れる事は困難なのだそうだ。
眩暈を起こしながら、御堂は、朝の占いも伊達じゃないと感じていた。
ネタもネタ。アルパカになったノマ。
ついに、私の煩悩がこんな所にまでやってきてしまいました。
最近、後悔や反省といった言葉を、どこかに忘れてくることが多いです。
しかし毛の色は断然、白でお願いします!(誰に言ってる)
またも、やらかし放題の上、片付けはしていませんorz
可愛い顔して
「ほえ?」
って言うくらいだから、
「ふぇ〜」
も言ってくれるんじゃないかと、期待を込めました!
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