匿名希望様、大変お待たせ致しました。
医者×患者、患者×看護師、先生×生徒
の3編を書かせて頂きました。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
トリコロール
〜医者×患者 編〜
冷たい風が木々を揺らしていた。
花を咲かせている時とは違い、今は誰も、その木を見る者はいない。
現金なものだと思う。
だがそれも、自分が今この場にいなければ、寒空を歩いて行く人々と同じ様に、木々などに気を留める暇もなく先を急いでいたことだろう。
無駄な物は一つも無い、病室のベッド。
佐伯克哉が、そこから最早、自分とは遠くなってしまった景色を眺めていると、小さなノックが背後から聞こえた。
「御堂先生・・・」
「調子はどうだ?」
儚い笑顔で応える克哉は、また視線を窓の外へと移した。
「ねぇ、先生。オレは来年の春、あの桜の木が満開になるのを見ることが出来るでしょうか・・・」
「佐伯君・・・。馬鹿な事を言うな」
御堂の眼が険しい色を帯びる。
「自分の事くらいは、分かっているつもりです」
「やめろ。君は・・・」
「いいんです。今さら・・・」
「君は・・・!―――ただのギックリ腰じゃないか。
明日には退院なんだ。帰る支度は、済ませておきたまえよ」
「はぁい」
〜患者×看護師 編〜
「御堂さん、包帯の交換の時間です」
「ああ・・・。もうそんな時間ですか」
「はい。失礼します。・・・まずは、腕を上げて頂けますか?」
こちらの患者さんは、御堂孝典さん。
偶然、道を歩いている時に起こった工事現場の事故に巻き込まれ、全治2週間の怪我を負ってしまいました。
「じゃあ次は、頭の包帯を換えますね」
「・・・・やはり佐伯君は、腕が良い」
御堂さんは、オレの受け持ちの患者さんの中でも特に良い方で、有名企業の部長さんなのだそうです。
最近は、よく話もするようになってきて、内心、それがとても嬉しかったりします。
「オレなんて、まだまだですよ」
「看護師になって、まだ1年目だろう?十分だと思うが」
「オレより出来る同期なんて、たくさんいます。オレも、もっと頑張らないとって、御堂さんと話してると、よく思うんです」
「私?」
「はい。御堂さんは、こんな時でもお仕事を休もうとせずに、頑張ってらっしゃるでしょう?あなたの姿を見ていたら、オレも、ちょっとした事でくよくよしてる暇はないな・・・って」
自分で言っていて、少し恥ずかしくなったけど、これは嘘じゃない。
こんな状態なのに、御堂さんは休む処か、病室で常にノートパソコンを広げて仕事に没頭していた。
休んでくださいと怒鳴りたくなる程、それは時にすごい勢いで・・・。
こんな事じゃ、どちらが休む場所か分からない。
「・・・・君は、偉いな」
「それは御堂さんの方・・・・って、御堂さん!ど、どどどどこ触ってるんですかぁ!」
「静かにしたまえ。ここは病室だぞ」
「あ、すみません。・・・じゃなくって!ちょ、みど・・・・・あッ」
思わず変な声が出て、ものすごく恥ずかしい。
まさか、御堂さんがこんな冗談をする人だなんて思わなかった。
そんな事を考えている間にも、御堂さんの手が、オレの腰に回される。
まだ包帯を巻き終えていないオレは、御堂さんから離れる訳にもいかず、かといって手を休める事も出来ずに困ってしまった。
「み、御堂さん・・・、冗談はそのくらいに・・・」
いい加減、腰から手を離してほしいとお願いすれば、御堂さんは分かった、と意外にも素直に了承してくれた。
「あ・・・。ありがとうございます・・・」
少し肩透かしを食らった感じも・・・いや、ない。
いつもよりずっと力みながら包帯を巻いていくオレは、無心になる事だけを自分に命じた。
それなのに
「・・・怒ったか?」
彼がどんな表情で話しているのか、閉じられた瞼の下の目が見えないことには分からない。
けど、その声音を聴いていると、なぜか本気では怒れなくて・・・。
「お、怒ってはいない・・・です。ちょっと、ビックリしたから。御堂さんも、あんな冗談、するんですね」
「・・・冗談だと思うか?」
「・・・ッ!!」
包帯を巻き終えたタイミングで、離そうとした手を掴まれた。
それと同時に、彼の綺麗な色の両眼がオレを捕らえると、戸惑う暇も無く、唇に何かが触れた。
それは初めて得る熱量で、オレは心臓が物凄い速さで鼓動するのを実感した。
「んん・・・ッ!ふ・・・」
「・・・冗談でこんな事をするほど、私は酔狂ではない」
言いたい事がたくさんありすぎて、どれから言うか迷ったけど、彼の真剣な瞳を見た途端、用意していた言葉が全部飛んでしまった。
「退院したら、君を食事に誘いたい」
「・・・火曜日は夜勤なので、それ以外でしたら・・・」
だからって、オレも何言ってるんだ・・・。
「退院するのが楽しみになってきた」
だって、彼がこんな風に笑うなんて、反則だと思ったんだ。
⇒後編