星に願いを



『―――続いてのニュースは、今週末にピークを迎えるしし座流星群の話題です。
百年に一度とも言われている今回の流星の数は、なんと一時間に数千個。
一秒間に一個は流れ星を見られるというこのチャンス、皆さんも星に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。さて、次のニュースは・・・』

(そっか、今週末だっけ)

夕食後のリビングで恋人の御堂さんとテレビを観ながら、オレは一人心の中でつぶやいた。
普段星に興味がなくても、「百年に一度」と言われれば、眠気を堪えて見てみようかと思ってしまうのが人の心理だ。
オレもそんな内の一人で、この滅多にない機会を恋人の御堂さんと過ごしたいと、密かに考えていた。
ピークが今週の金曜日の深夜から土曜日の明け方にかけてということだから、少し夜
更かししても問題はないだろう。
そう考え、思い切って御堂さんに声を掛けてみる。

「あ、あの、孝典さん」

「何だ?」

食後のコーヒーを啜りながら、御堂さんがこちらに顔を向ける。

「さっきのニュース…の事、なんですけど…」

「さっきの…?ああ、流星群がどうとかいうやつか?」

「はい。あの、それで、えっと…」

オレが口ごもっている間も、御堂さんは優しい表情でオレの次の言葉を待ってくれている。
絶対に赤くなっているであろう自分の顔を隠したい気持ちを抑えて、恋人の顔を真っ直ぐに見据え、そして一言。

「見に行きませんか?二人で。流星群…」

心の中ではもっとマシな言い方を練習していたのに、いざ本人を目の前にすると、緊張のせいで必要最低限の単語しか出てこなかった。

…はぁ、情けない…。

恥ずかしさと情けなさで思わず俯くオレの顔を、御堂さんの手が優しく包んだ。

「まさか、君から誘われるとは思っていなかった」

「え?」

「最近、二人で出掛けることがあまりなかったからな。この機会にでも、一緒に星を見に外へ出るのも悪くないかと思って、誘おうと考えていた」

先を越されてしまったがな、と、御堂さんは苦笑しながらも穏やかに話してくれる。
大好きな人と同じ事を考えていた。
そう思っただけで、今までの緊張が嘘のように解けていく。
心の中の緊張や不安を嬉しさが上書きしていき、オレは愛しい恋人に抱きついた。




金曜日。

いつもより張り切って仕事を進め、定時ぴったりにそれを終わらす。
帰り支度を済ますと、待ちに待ったこの夜に心を躍らせながら、御堂さんの執務室の扉をノックした。
中から入室を促す声が聞こえると、挨拶をして静かに扉を開ける。

「定時ぴったりだな」

見ていた書類から顔を上げ、クスッと笑いながら、御堂さんも帰り支度を始める。

「ずっと楽しみにしていましたから」

ポソッと呟くと、しかしそれは御堂さんにははっきりと聴こえていたらしく、私もだと優しく唇を重ねられた。
今夜は御堂さんの車で郊外へ行く予定だ。
御堂さん曰く

「どうせ見るなら最高のロケーションで」

だそうだ。
それにはオレも大賛成で、喜んで車に乗り込んだ。




だんだんと街の灯りが遠ざかっていき、みるみるうちに辺りは闇一色となった。
一時間ほど車を走らせるともうそこは、普段の生活からかけ離れた暗さと静けさに包まれ、灯りといえば夜空に浮かぶ満天の星だけだ。

「うわぁ、すごい…。宝石みたいだ…」

思わず声を上げると、後から車を降りてきた御堂さんに子供みたいだと笑われた。
オレは頬を膨らませながら軽く抗議したが、彼がいつもよりずっと柔らかく笑って手を差し伸べるものだから、つい怒るのも忘れて自分も手を伸ばしてしまう。
普段二人で並んで歩いても、オレと御堂さんの間には一定の距離がある。
仕方のないことだ。
昼日中の人通りが多い所で、男二人がくっついて歩くのは目立ちすぎる。
況してや手を繋ぐなんて以ての外。
オレと違って御堂さんには立場があるのだから。
だから、今くらいは良いですよね?
周りに人は誰もいない。
見ているのは空に輝く星たちだけ。

だから、今だけは、この手を、離さないで…。

小高い丘を登りきると、オレは感動で言葉を失った。

「こんな星空、見たことない…」

「確かに。普段の生活では見られない眺めだな」

駐車場で見た空より一段と美しく見えるのは、周りに灯りが一つもないからか、それとも、世界で一番愛しい人と手を繋いで見ているからか。

「あっ!!今、ひとつ、流れ星が!!孝典さん、見えました!?」

「フフッ。そんなに焦らなくても、これからもっと見えるぞ?」

「オレ、流れ星見るの初めてなんです。凄い…。本当に一瞬なんですね。これじゃ、願い事を言うのも一苦労だな…」

「そんなに沢山、願い事があるのか?」

「そういう訳じゃないですけど…」

オレはあなたと一緒にいられれば、それで…。

「孝典さんは願い事、何かないんですか?」

「…秘密だ」

そう答えた御堂さんの顔は、暗くてよく見えなかった。

「はぁ〜。本当にすごいですねぇ」

「克哉、さっきから同じ事しか言ってないぞ?」

雨の様に流れる星に溜め息を洩らしている
と、御堂さんが苦笑する。
そういえば、さっきから気になっていたのだが…。

「あの〜、孝典さん?星、ちゃんと見てます?」

「あぁ、見ている」

そう言いながらも、彼の視線はオレに向いたままだ。

「〜〜〜っ!た、孝典さん!オレじゃなくて、ちゃんと星を見てください!百年に一度しかない貴重な機会なんですよ?」

「流星はもう堪能した。それより私は…」

「孝典さん?」

「百年に一度の星空よりも、今この一瞬の君を見ていたい」

「・・・!!」

恥ずかしさと嬉しさで、どんな顔をすれば良いか分からなくなる。
咄嗟に言葉は出てこなかったが、自分も同じ気持ちだということは伝えたくて、繋いだ手を強く強く握り返した。
あなたと過ごす、一瞬一瞬を積み重ねて、そして

「百年後も千年後も一万年後も…。ずっとずっとあなたと一緒に…」

ようやく紡げた言葉は、星への願い。あなたへの想い。

「どうやら、私達の願いは同じらしいな」

幾千の星が降り注ぐ中、オレ達は星に願いを駆けながら、ゆっくりと口づけをかわした。




⇒あとがき

⇒title


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