むかしむかし、ある村の外れに、それはそれは深く暗い森がありました。
村の大人たちは、その森にだけは決して入らぬよう、子供たちに言い聞かせていました。
なぜならその村には、とても恐ろしい魔法使いが住んでいる、と云われていたからです。
その魔法使いは、いつも一人、森の奥で暮らしていました。
誰にも会わず、ただひっそりと・・・・。
◆◆◆◆◆◆◆
笑った魔法使い
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「嘘・・・」
真っ暗な森の中、一人で夜道を歩く青年がいました。
彼は、村人がとても恐れている、魔法使いが住む森で迷ってしまったのです。
この季節は、日が落ちるのも早く、大人でもなかなか抜けられません。
青年の名前は克哉といい、青い目がとても綺麗な人でした。
けれど、その綺麗な目からは、今にも涙が零れてきそうです。
幼い頃から聞かされていた、恐い魔法使いのことを思い出し、昔話の人のように、自分も食べられてしまうのではないかと思ったからでした。
ふと前を見ると、遠くに小さな灯りが見えます。
克哉は、その灯りに僅かな希望を託して走り出しました。
克哉が辿り着いたのは、小さな家でした。
思い切って扉を開けると、なんとそこには
白くてフワフワと浮いているオバケたちが、楽しそうにパーティーを開いているではありませんか。
克哉は驚きのあまり、声も出ません。
そんな克哉に気がついた一匹のオバケが、あ!と大きな声を上げました。
すると、ビクッと肩を震わせた克哉の周りに、たちまち部屋中のオバケが集まってきます。
「にんげんだ!にんげんがきたよ!」
「おいしそうだ!」
克哉は、恐くて動けなくなってしまいました。
口々にしゃべり、克哉を触ろうとしてくるオバケたち。
「あおいめがうまそうだ」
ひときわ大きなオバケが、その手を伸ばし、克哉の目を触ろうとした時でした。
「誰が、人の家で勝手に食事をして良いと言った?」
部屋の奥の扉から、一人の男の人が現れました。
真っ黒の服に身を包み、紫水晶のような目を持つ人でした。
「・・・もしかして・・・魔法使い・・・?」
克哉の言葉を聴いた黒服の男は、一瞬だけ笑い、オバケを押し退けるようにして克哉の目の前までやってきました。
「そう、魔法使い。・・・・一度、私に食べられてみるか?」
克哉には、もう何が何だか分かりません。
魔法使いの、長くて綺麗な指が克哉のあごに掛けられ、とてもとても近くに、美しい宝石が映ります。
(うわ・・・本当にきれいだ・・・)
「・・・君は、自分の立場が分かっているのか?」
ぼーっとしていた克哉に溜め息を吐きながら、魔法使いは指を離しました。
「は、はい!?」
「・・・クッ」
肩を揺らして笑い始めた魔法使いは、後ろを振り返り、オバケたちにこう言いました。
「祭りはこれで終わりだ。すぐに帰れ」
いきなりのお開きに、オバケたちは不満の声を上げますが、魔法使いの一睨みで、すぐにみんな消えてしまいました。
そして、克哉の方に向き直り、一言だけ。
「・・・君も帰れ」
その顔は、優しく笑っているのに、とても寂しそうだと、克哉は思いました。
「森の出口まで、明かりを灯してある。それをたどって行けば、すぐに村へ帰れるから・・・」
「あの・・・!」
「何だ?」
途中で話を遮った克哉は、けれど、自分が何を話そうとしたのか、よく分かりません。
「え、えと・・・あの・・・」
「早く帰らなければ、村が騒ぎになるのではないか?・・・・ここは、人喰い魔法使いが、住む森だからな」
哀しそうに笑う男の黒い袖を掴み、克哉は、今までで一番大きな声を出しました。
「人喰いなんかじゃないです!あなたは、優しい人だ」
「・・・こんなに黒い服を着ていても?」
「心は真っ白です!」
「森の奥で一人で暮らして、時々霊を呼んでいても?」
「オレは、森林浴に憧れています!そして友達は、心で通じ合うものであって、外見ではありません!」
「・・・・・呪われた紫色の眼を持った、魔法使いだとしても?」
「紫水晶は、幸福の象徴なんですよ」
そうやって笑う克哉を見て、魔法使いは手で自分の口元を押さえました。
耳まで赤くなった顔を隠すには、片手では足りませんでしたが。
それから克哉は、毎日その森を訪れ、木の扉を叩きました。
そして魔法使いは、一人ではなくなりました。
だからもう、寂しくはありません。
だって、笑顔で扉を開くと、今日もおいしいお菓子を用意して、二人で笑ってお話するのですから。
⇒あとがき
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