「孝典さん、好きです。大好きです」
あぁ。
私はまた、堕ちていく。
深く、深く、どこまでも。
この想いに果てが無いなら
ただ愚かになるだけだ。
恋する愚者
差し出されたコートに腕を通しながら、週末の予定を克哉に伝える。
急な出張も珍しい事ではないが、こう立て続けに呼ばれていては、恨み言の一つも言いたくなる。
だが、目の前の可愛らしい笑顔に見送られて、私一人、子供みたいには出来ない。
それでも、未練がましく恋人の名を呼ぶと、克哉はクスリと笑って、人差し指が伸びてきた。
その指が、私の眉間にツンと当たる。
「皺が寄ってますよ。取引先の人と会うんですから、笑顔、笑顔です」
そうしてまた笑う顔が見えたと思えば、柔らかく唇が塞がれた。
「・・・。オレも、すごく寂しいです。・・・だから、孝典さんがいない間も、ずっと笑顔を思い出せるように、笑ってください」
「・・・惚れた弱みだな」
「え?・・・――っ!」
今度は私から、克哉の頬に唇を落とす。
「行ってくる」
「あ・・・い、いってらっしゃい!」
まだ赤い顔に笑顔を向けて、玄関扉を閉めた。
彼の一言で、自分でもだらしが無いと思うほどに綻ぶ顔。
まだ熱が残っているかのような眉間に手を当て、一人で苦笑した。
「恋に堕ちて、愚かになるのも悪くない」
⇒あとがき
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