暑中お見舞い申し上げます
克哉が御堂と暮らし始めて、初めての夏がやってきた。
例年より早い時期に梅雨が明け、本格的な暑さが街を包んでいく。
いつもの様に、ポストから数枚の手紙を取り出した克哉は、ふと、一枚の葉書に目を留めた。
それは、毎日のように送られてくる、無機質な活字で事務的な事柄を並べ立てた内容の物ではなく、筆で認(シタタ)められた、優しい印象のものだった。
おそらくは女性のものだろうが、奥ゆかしさを覚えるその文字は、それを見た大半の人間に、好印象を与えることだろう。
しかし、他人への手紙を、そうまじまじと見るわけにもいかず、克哉は差出人の名前を確認する前に、それを他の手紙と一緒に纏めた。
部屋に戻った克哉は、手の中の手紙を御堂へと渡す。
そこには当然、先程の葉書も一緒だ。
大して興味もなさそうに、封筒や葉書を捲っていく御堂だったが、やはり、克哉と同じ所で手を止めた。
「それ・・・」
堪らず声を上げた克哉だったが、ほぼ同時に御堂から発せられた言葉が、意外なもの過ぎて、思わず面食らってしまった。
「母からだ。・・・暑中見舞いだな」
「え・・・。お母さん・・・?」
「どうした?そんなに驚いた顔をして」
「い、いえ!何でもないです!」
聞けば、御堂の母親から毎年、暑中見舞いが送られてくるのだそうだ。
息子の体調への気遣いや、実家の様子。
内容は毎回、他愛のないものだが、どんなに暑く忙しい日が続いていても、それが届くと心が軽くなる。
そんな事を口にする御堂の横顔を見て、克哉まで幸せな気持ちになった。
「毎年返事はしているが、仕事が立て込むと、残暑見舞いになることも少なくないがな」
と苦笑交じりにいう御堂が、愛しくて堪らない。
克哉は、葉書を握る御堂の手を、両手で包んだ。
「それなら、今から葉書を買いに行きましょう?」
暑中見舞い用の葉書だけで、数え切れないほどの絵柄がある事に、克哉は心底驚いていた。
朝顔をあしらった物や、風鈴と団扇を並べた絵柄の物、他にも、花火、金魚、青空・・・。
挙げればキリがないほどの量で、選ぶのだけでも一苦労だ。
「御堂さん、決まりました?」
「あぁ。これにする」
そう言った御堂の手には、花びらが風車を形作ったものが、控えめに添えられた葉書があった。
「わぁ、きれいですね。何だかオレも、見てたら欲しくなっちゃいました。・・・オレも、実家にでも送ってみようかな」
「良いんじゃないか?元気にしている所を、親に報告するのも、子供の務めだ」
「ふふっ。そうですね。・・・どれが良いかな・・・・・・」
そして、ふと思いついたように、克哉が視線を上げた。
「・・・御堂さん。オレ、御堂さんにも暑中見舞い、出して良いですか?」
「私に?毎日、顔を合わせているのに?」
「はい。・・・ダメですか?」
「いや、・・・なら私も、君に出しても良いか?」
「えっ、本当ですか!?」
「寧ろ、これから毎年の恒例行事にするか」
「それ良いですね!」
青い空に白い雲
向日葵が満開になる頃に
貴方と二人でポストに向かう
同じ場所から同じ場所へ
季節の便りは
互いの笑顔と共に送りましょう
⇒あとがき
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