願い咲け



鳴り止まない電話のベル。
執務室内に響き渡るそれは、1コール毎に部屋の主の疲労を蓄積していく。
開発途中の製品に、トラブルが起きたと知らされた御堂は、今朝からその対応に追われていた。
自分の足でラボへ出掛けたり、帰ってきたかと思えば上司や電話向こうの相手に事情説明をしたりと、昼食もろくに取れていない状況が続く。

(彼は、ちゃんと食事を取れたんだろうか…)

こんな時でも一番に気に掛かるのは、最も信頼を置き、尚且つ最も愛しい存在。

(そういえば、メールが届いていたが、まだ見てなかったな)

ポケットから取り出した携帯電話のディスプレイに、恋人の名前が表示される。
そこには、短いながらも、自分を心配している事が伝わる文章が並んでいた。

『お疲れ様です。お忙しい時にすみません。御堂さん、お昼は取られましたか?もしまだでしたら、何か買ってきます』

彼は彼で、今日はその問題解決の為、朝早くから社を出て奔走しているはずだった。
それなのに、その恋人はいつも、まず御堂を気遣おうとする。
メールを返そうとしたが、受信時刻が1時間以上前ということに気付き、ますます胸が締め付けられるようだった。
しかし、そんな憂いに浸る余裕も与えないほど、御堂を呼ぶ電子音は鳴り続ける。


まだ完全に解決した訳ではないが、一段落の兆しが見えてきた頃、やっと愛する人の笑顔が御堂のもとへと訪れた。

「御堂部長、お疲れ様です」

「佐伯君…。君も、今日は本当に良くやってくれた。ありがとう」

「そんな。オレは何も…。御堂部長こそ、本当にお疲れ様です。今日、結局まだ何も食べてないんじゃないですか?」

「ん?あぁ…。だがまだ全てが解決した訳ではないからな。それより、メールを返せなくてすまなかった」

「そんな事!オレの方こそすみません。お忙しいって分かってたのに…つい…。
あの、お茶を淹れたんです。ひとまず休憩しましょう?」



「これは、ハーブティーか?」

「そうです。カモミールですよ。疲労回復やリラックス効果があるんだそうです」

いつもの笑顔でお茶を淹れてくれる恋人。
優しい声音に、いつもどれほど癒されているか。
カモミールの芳香が鼻をくすぐり、今までの殺伐とした執務室内が、彼が居るというだけでこんなにも温かな空気を纏う。
綺麗な声で、御堂を包み込む様に話を続ける克哉は、先程よりも恋人との距離を縮めた。
その青い双眸に御堂を映し、柔らかに、けれど芯を持って今日一番伝えたかった事を言葉にする。

「カモミールは、今日の誕生花なんですよ」

「誕生花?」

「はい。今日3月14日、この花の花言葉は、『逆境の中の活力』
これを飲んで、最後、もう一頑張りしましょう。
少しでもあなたの力になれるよう、オレは努力します。あなたの隣にいたいから。
もちろん、オレだけじゃなくて、藤田君や、他の皆さんも頑張ってくれています。
御堂さん一人で頑張りすぎないでください。
・・・そうだ、これが片付いたら、美味しいもの食べに行きましょう?」

真剣な顔をしているかと思えば、次の瞬間にはいたずらっ子の様な表情を浮かべ、微笑む克哉。



深い深い愛情に

言葉で返すには力不足で

ただ君を愛していると

強く強く抱きしめた




⇒あとがき

⇒title


BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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