御堂部長の初体験2



「あっついな〜」

額の汗を拭いながら、克哉は誰にもぶつけようのない不快感を募らせていた。

梅雨の合間の貴重な晴天の日に、一気に部屋の掃除を済ませてしまおうと、朝から奮闘しているのだが・・・。

「こんなに暑いと、捗る物も捗らないよな。・・・とりあえず、休憩にしよう。孝典さんも、きっとまだ向こうの部屋でやってるだろうし」

お茶を淹れるから少し休みましょうと、隣の部屋の恋人に声を掛け、克哉はキッチンへ向かった。

「今日は本当に暑いですね」

「気温も湿度も高いからな。熱中症には気を付けろよ、克哉」

「はい。孝典さんも、あまり部屋に籠もりっぱなしにならないでくださいね」

暑さに関する会話しか出てこない程、その日の不快指数は時間を増すごとに高くなる。
そんな折、ふと克哉の目に留まったのは、テレビの画面から流れる一つのCMだった。
それは、夏らしい明るい音楽と、活き活きとした表情の女性、そしてその主役であるアイスクリームを前面に押し出したものだった。

「アイスかぁ。これだけ暑いと、もう欲しくなっちゃいますよね。・・・そうだ、買いに行こう! 近くにコンビニもあるし」

孝典さんは何が良いですか?と、財布を準備しながら、すでに出掛ける態勢の克哉。
しかし、そんな彼を見て、御堂は不思議そうに問う。

「別に、買いに行かなくても、注文すれば良いだろう?」

一瞬、何の事か分からない克哉は、へ?と間抜けな声を出し、よくよく考えてみる。
そして何となく、恋人の言わんとする事が分かった。
おそらく御堂は、アイスなど自分の足で買いに行かずとも、インターネットで注文して、持って来て貰えば良いのだ、と言いたいのだろう。
克哉が目を丸くして返事をしようとした時には、御堂はすでにパソコンで検索を始めていた。

「これなんかどうだ?」

ごく普通に御堂が尋ねてくるので、克哉もその画面を覗き込むと、さっき以上に目を丸くしてしまった。

「ご、ごせ・・・!」

衝撃の値段に思わず、むせそうになる克哉をよそに、色々なページの色々な商品を物色する御堂。

止めなければ。

オレがこの人を止めなければ・・・!

克哉の中に、謎の使命感が芽生え、考えられる限りの理由を並べ立てる。

「あ、あの、でもほら、オレ達は、今!食べたいんだから、注文すると何日も後になっちゃいますよ?それに、こんな高価な物、特別な日でもないのに勿体無いですよ」

「・・・高価なものか・・・?」

出た。部長のセレブ思考。

急ぐなら、「お急ぎ便」なるものを利用すれば良い、と、これまた克哉の使命感に、真っ向から無意識に挑む恋人。
だが、克哉も黙って引き下がる訳にはいかない。

「孝典さん! コンビニのアイスも、捨てたもんじゃなですよ? 安いし、大きいし、わりと美味しいし。オレ、学生の頃なんかは、よく学校帰りに買い食いしてたな〜」

説得する筈が、いつの間にか思い出話まで出てきて、この会話に終わりはあるのかが誰にも分からなくなりかけた時。

「・・・君は、学生時代にそんな事をしていたのか?」

眉間にほんの小さな皺が出来た御堂を見て、何かまずい事を言ったのだろうかと克哉が不安を感じ始めた時、思いもよらぬ一言が、さらに事態を謎の方向へと導いた。

「・・・私も、・・・やってみたい」

「はい?」

「私は、学生の頃から、そんな事をした事がない。・・・君があまり楽しそうに言うから、その・・・」

思わず出た一言の本音を、後から決まりが悪そうに口ごもる恋人。
そんな彼が、可愛くてしょうがないと、克哉は無性に抱きつきたくなった。
それを堪え、ことさら笑顔で御堂の両手を取ると、目の前の恋人は驚きと恥ずかしさととで複雑な顔を見せる。

「じゃあ行きましょう! 買い食いの旅に!」

「旅なのか?」

「旅です!」

歩いて数分の距離の買い物が、こんなにワクワクした事があっただろうか。
さんさんと降る太陽の光を物ともせず、二人は楽しそうに歩幅を合わせて歩いて行った。


「わぁ、この時期になると、やっぱり種類が増えますよね」

「そうなのか?」

「はい。これなんか、季節限定で今しか食べられないんですよ」

「へぇ。これは?」

「あ、これは・・・」


アイス以外にも、色々と物珍しそうに、店内を見て回る御堂。
最近は何でも売っているな、と感心する姿を見て、克哉はまた、この年上の恋人を可愛いと思ってしまった。

会計を済ませ店外へ出ると、先程まで引いていた汗が急にまた吹き出す。

「せっかくだから、今食べちゃいましょうか」

行儀は悪いけど、と悪戯っ子の様に笑う克哉につられて、御堂も冷たい袋を開けた。

「ん、なかなか・・・」

「ふふっ。でしょ?」

「君と同じ年に、同じ学校に通っていたら、こういう事も出来たんだろうか」

「あ・・・、そう、ですね」

先程までの元気さはどこへやら、急にしおらしく、顔を赤らめ、下を向く克哉。

「かわいいな、克哉」

形勢は一気に逆転で、夏以上の暑さが二人を包んでいた。




一週間後―――。

「孝典さん、宅配便が来てますけど。これ、クール便・・・?」

「あぁ、この間のやつじゃないか?」

「この間・・・?って、まさか」

「アイスクリーム」

「孝典さん!」




⇒あとがき

⇒title


「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -