Winter Song
仕事が終わり、いつものように御堂さんの執務室を訪れた時のこと。
二人で他愛もない話をしていると、その流れから今度の休みに旅行に行かないか、と言われたのが始まりだった。
一瞬、自分に言われたのだという事を忘れるくらい、あまりにも彼がさり気なく言うものだから、返事に間が空いてしまった。
それでも、嬉しいという気持ちだけは伝えたかったのに、顔どころか、身体中が火照ってなかなかしゃべれない。
オレの好きな所へ行こうと言ってくれた恋人は、
「国内?それとも海外にするか?」
なんて言う。
海外でも良いなんて、彼だったら本当にすぐ手配してしまいそうだな。
そんな事を考えると、思わず笑いがこぼれた。
オレの顔を見た恋人は、少し困ったような顔をしていたけれど。
嬉しくなったオレは、御堂さんの手を取り、今の気持ちを素直に伝えた。
恋人との旅行なんて初めてだから、どうやっても緊張してしまう。
今からそんなことじゃ、先が思いやられるな…と感じつつも、逸る気持ちは抑えられずにいた。
会社を出ると、自然と脚は目的地へ向けて速くなる。
時々、隣を歩く御堂さんと目が合っては、彼は優しく微笑んでくれた。
それだけで寒さなんて忘れてしまいそうだ。
通りがかりにあった書店に足を踏み入れると、明るい店内には、書籍や雑誌がコーナー毎に分けられて並んでいた。
沢山の旅行雑誌を目の前にすると、さらに気持ちが高まっていく気がする。
オレ、今、変な顔してないかな…?
そんな事を気にしつつも、頭は恋人との旅行でいっぱいだった。
「景色を楽しむならここかな。あ、これ良いですね!お土産を買うならこれが良いな。あと、美味しい物も外せないですよね」
御堂さんはオレの話を真剣に聴いてくれているけど・・・さっきからオレばかりが喋っている気がする…。
オレ、うるさくないかな…?
自分の事ばかりじゃなくて、御堂さんのしたい事や見たい物を、聞いてみたい。
そう思って、隣の恋人に意見を聞いてみる。
「御堂さんは、何か見たい物とか行きたい所とかありませんか?」
「いや、私は特に…」
その答えに、オレは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
はしゃぎすぎたんだ。
これはオレの自惚れだけど、きっと御堂さんは、オレの希望を最優先にしようとしてくれる。
気を…遣わせてしまったんだろうか…。
オレが少し重い考えに耽ろうとした時、御堂さんがそこから掬うように言葉をくれた。
「君の喜ぶ顔が見たかったから」
―――またひとつ、オレは貴方を好きになる。
それからは、二人で色々な話をしながら買い物を終えた。
店外へ出ると、寒空が雪を降らせている。
これから本格的に降り出しそうな気配を抱えた街を、慌しく人が行き交っていた。
今なら、誰もオレ達のことなんて気に留めないだろう。
ずっと言いたかった言葉がある。
何回も言ってきた言葉だけれど、旅行に誘われてから、オレは貴方の優しさを貰うばかりで、自分の気持ちを返せていない。
もう言い尽くしたこの言葉を、それでも貴方に伝えたい。
「孝典さん」
さっきまで隣で歩いていたオレが目の前に来たことに、一瞬虚をつかれたような顔になる恋人。
「大好きです」
本当は、こんな街の中でこんな事を言うなんて、死ぬほど恥ずかしいけど…。
今が夜で良かった。
闇色が、オレの顔の色を隠してくれているはず。
でもそれ以上に、御堂さんが驚いてることは彼の顔を見れば分かる。
だから、今日はオレの勝ちかな、なんて思っていたのに…
「私も、愛している」
―――オレは、いつもこの人からの愛情に溺れる。
だからどうか、貴方もオレに溺れてください。
そんなわがままな想いを込めて、オレはまた愛しい人に寄り添った。
fin...
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