1/2×2=100
「あの、み、御堂さん・・・?何か、その、怒ってます・・・?」
「別に・・・怒ってなどいない」
怒ってますよ。
という言葉は飲み込んで、オレは助手席のシートベルトを締めた。
仕事からの帰り、御堂さんの車の中には重い空気が満ちている。
今日は2月14日。
世の中は、想いのこもった贈り物や愛の言葉で彩られているというのに。
なぜか機嫌の悪い恋人は、目を合わすこともなくただ前を見続けるのみ。
どうしてこうなってしまったのか。
朝はこんな事はなかったのに・・・。
寧ろ、今朝の御堂さんはいつもより少し優しく見えたくらいだった。
頭の中で考えを巡らせていると、重い空気を助長させるかのような冷たい声が、オレに向けて発せられた。
「・・・いつも言っているが、君には危機感がなさすぎる」
「・・・え?」
「君がそうやって誰にでも笑って接するから、付け込まれる隙が出来ると言っているんだ」
「・・・っな・・・!いきなり何ですか!?」
訳も分からないままいきなりそんな風に責められて、いささか反発心が生まれてしまった。
オレにだって、今日は言いたい事があったのに。
ずっと我慢してたのに。
・・・でも、誰にでも笑ってって・・・?何の事だろう・・・。
―――まさか。
「あの、御堂さん。もしかして、昼間、オレがチョコを貰うのを見てたんですか?」
「・・・・・・」
一瞬の沈黙。
そしてバツの悪そうな顔で視線を逸らす、隣の恋人。
「君は・・・誰に対しても甘すぎる」
一言呟いたその口には、不満という飾りが付いていた。
しかし、甘いって・・・。
イベント事での他人の好意くらい、一つや二つ受け取っても罰は当たらないだろう。
向こうだって、一つの社交辞令として渡してくれているんだろうし。
女性から貴方へと渡される物の重さとは違って・・・。
そこまで考えてオレは、今日一日胸の中にあった暗い想いを、彼にぶつけてしまった。
「じゃあ・・・オレも言わせて貰いますけど、あなたが今日一度だけ見たその光景を、オレは今日何回見せられたと思いますか!?」
「・・・克哉?」
「今日一日、オレはその紙袋の中の数だけ溜め息をついて、でもそれをあなたにだけは見られたくないから必死で隠して・・・」
それを今ここで言ってしまったら、何にもならないことは分かっている。
それでも、一度吐き出した想いは止まらない。
「本当は、誰よりも早くあなたに渡したかった。けど、迷惑かもって考えたり、緊張したりしてなかなか出せなくて。そんなことしてたら、いつの間にか執務室は紙袋の山だし・・・。
こんなことなら、オレは用意なんてしなきゃ良かった。浮かれて、出遅れて、バカみたい・・・」
後半、自分でも何を言っているか分からなくなった。
それほどに頭の中はパンク寸前で、声もかすれている気がする。
恥ずかしさで俯いたオレには、隣で運転している恋人の顔は見えなかった。
しかし、名前を呼ばれて、すぐに視線がぶつかる。
そこには、意外にも驚きの色を纏った恋人の顔があった。
「君は・・・私に何か用意してくれていたのか?」
らしくない素っ頓狂な声で質問されれば、当たり前です!と一際声を大きくして答える。
「・・・私だけかと思った」
ポソッと呟いた恋人は、また視線をずらしてしまったが、そのまま言葉を続けた。
「昼間、偶然 君が貰っているの見て、それが、その、嬉しそうだったから、私のはもう必要ないかと・・・」
驚いた。本当に驚いた。
まさか御堂さんがオレと同じ事を考えて、同じ行動を起こそうとしていたなんて。
あまりに驚きすぎて、変なスイッチが入ってしまった。
「何言ってるんですか!?要るに決まってます!!自慢じゃないですけど、オレ、誰よりもあなたのことが好きですよ!?この気持ちは誰にも負けない自信があります!!」
「そ、そうか」
オレの勢いに引いたのか、一言そう答えた御堂さんの表情は、さっきよりずっと親しみやすくなっている。
オレの・・・勢い・・・?
オレは、今、それに任せてとんでもない事を言ったような・・・。
「〜〜〜!!や、あの!えっと、さっきのは・・・す、すみません!!」
今更ながらに取り戻された理性が、先程までの出来事に深く反省を促している。
そっと顔を上げると、笑いを堪えた恋人の顔が、自分を見つめていた。
幸か不幸か、信号はオレの顔と同じ色をしていて、車が走り出す気配はない。
「ククッ。いや、君にそこまで言われるとは思っていなかった」
まだ笑いが治まらない恋人に、オレの心も軽くなる。
「だが・・・」
「え?」
「すみません、ということは、さっきの言葉には偽りがあると?」
「そ、そんなことは・・・」
「なら、もう一度、聴かせてくれ」
「・・・大好きです、孝典さん」
「私もだ」
これ以上は無理、というほど赤くなっているであろうオレの顔に、御堂さんの顔が近付いて来る。
重なった唇は、世界中のどんなお菓子よりも甘いものだと思った。
☆ ☆ ☆
「はい、孝典さん。遅くなりましたけど、受け取ってくれますか?」
「勿論だ。ありがとう、克哉。
私からのも、受け取ってほしい」
「わぁ、ありがとうございます!綺麗ですね。食べても良いですか?」
「夕飯が終わったばかりだぞ?」
「甘いものは別腹です♪
――――おいしい〜〜〜!!」
(可愛いな・・・)
「なら、私も一つ・・・」
「ど、どうですか?」
「あぁ、美味しい。あまり甘くなくて食べやすい。ありがとう」
「オレの方こそありがとうございます!・・・ふふっ」
「どうした?」
「いえ、オレ達、同じ事考えてたんですね」
「そうだな。相思相愛・・・だな」
「!!」
「顔が赤いぞ、克哉?」
「た、孝典さんの、せいです・・・」
「それはすまない。ならお詫びに、私のを一つあげよう」
「ん・・・っ・・・」
「どうだ?」
「おいしい…です……っ!?…んんっ、あ・・・は・・・」
「甘いな」
「味は・・・さっきと一緒なんじゃないですか?」
「君の口から貰ったからかもしれないな」
「た、孝典さん!!」
⇒あとがき
⇒title