雨が降っていた。

 LBXのメンテと銘打ったその集会はバンの部屋でつつがなく行われ、時計が6時をまわった頃になってアミとカズが続けて帰宅する。迎えが遅くなりそうなんだ、とすまなそうに謝るジンに向かって、今日は母親が出かけていないから気にするな、と声を掛けたのは数十分前。雨は依然として降り続いていた。

 ポーカーフェイスであることには変わらないが、アミやカズともようやく打ち解けたことが嬉しかったんだろう。いつもより柔らかだったその表情は、雨が降り続けるに連れて、徐々に険しくなっていくばかりである。「大丈夫か」と尋ねても、ゆっくりと目を伏せすまなそうにこくりと頷くだけであった。


 雨は強くなってきた。

 窓を叩く風に眉を寄せながら、止まないな、カズは家に着いたかな、などと的外れな会話を持ちかけるものの、向かうジンは心ここにあらずといった様子で、曖昧な相槌を打つだけだった。続けて声をかけようか否か迷っていた時であった。突然、薄暗い部屋を明るい光が通り抜ける。ゴロゴロという音が聞こえたと思った瞬間、バツンという音とともに部屋は真っ暗になってしまった。
 
 どうやら、停電のようである。

「うわっ…大丈夫かジン!?」
 返事がない。焦る気持ちと反比例して慣れていく目が、ジンの姿をとらえてほっとする。手を伸ばし声をかけようと口を開きかけたその時、また閃光が暗い部屋を照らした。
「ひっ…」
「ジ、ジン!?」
 あっという間もない動作で、ジンがぎゅっと抱きついてきた。肩口に顔を寄せ小さく震えている。自分と同じくらいの背丈であるはずのジンが、少し小さく見えた。ゴロゴロという音がどこか遠くの世界でなっているように聞こえる。
「ジン…?」
「…ッ…あ」
いよいよ普通ではないジンの様子に戸惑い、そろそろと顔を覗き込む。白磁の肌をさらに白く青くさせて、はくはくと口を閉じたり開いたりしている彼の口の動きを追う。

(パパ、ママ)

気付いてはいけないことに、気付いてしまった気がした。






 あの日も、雨が降っていたと聞いている。

 ジンの生い立ちは、彼と行動をともにするうちに知ってしまった。
 トキオブリッジ崩落事故。悲惨な事件だったとは聞いていた。聞いていた、だけ。もうウン年もたったのねえ、なんて呟く母の隣で当時の映像がテレビに映される。毎年恒例の特番を退屈そうに見る、自分にとってのそれ。

(僕の両親は…僕の目の前で死んだ。)

 まるで物語のように語られる彼の生い立ちは、自分には到底分かりえないものであった。分かるはずがない。だからこそバンには不思議だった。同い年とは思えないほどに、悲痛な経験をしてきたはずの少年が。雨が降る度に、言いようのない恐怖にかられるのだろうこの少年が。
 それでもなお涙を流そうとしないこの少年が。


 依然として真っ暗な部屋の中、バンはジンのその背におずおずと手を伸ばし、ぎゅっと音がするほどに抱きしめ返す。細い体がひくりと揺れる。
「ジンはさ、どうして泣かないの」
 少しだけ強い口調になってしまったことに後悔しながら返事を待つ。
 ジンはというと、顔色は悪いがその整った顔持ち上げ、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。その度長い睫毛が小さく揺れるのがどうしようもなく綺麗に見えて、思わず視線をそらす。少しだけ不思議そうな反応をしてから、彼は小さく唇を動かした。

「おじい、さまに、泣くなと……言われたから」
「……そう」
 わずかながらむっとしてしまう。いつまでもジンを縛るその人に、どう足掻いたって敵わないのだという嫉妬。
「バン、くん…?」
 どこか不安げに自身を見上げてくるジンのその顔が、その声が、どうしようもなく愛しくなって、そのまま力いっぱい抱きしめる。
「バン…く」
「じゃあ、さ」

 息を吸う。相手をじっと見つめる。彼の瞳に映った自分の険しい顔に、少しだけ笑えてしまう。
「俺の前では泣いてもいい、っていうのは、どうかな」
 息を吐く。ひゅっと息を吸う音がする。綺麗な緋色の瞳が揺れている。


「そんなこと、いわれたら、」
 そこから先は、嗚咽に紛れて聞こえなくなった。
「うっ、あっ…う…」
「ジン…」
 ぽろぽろ、ぽろぽろ、止まることのない涙を、袖に擦りつけ、また濡れてを繰り返すその姿は、まるで泣き方を知らない子供のようでどうしようもなく愛しい。

 これが、ジンの泣き顔。初めてみる、ジンの弱い姿。どうにもたまらなくなって、その真っ赤に腫らした瞼にキスをする。びくりと肩が揺れたがかまわない。少し引き気味になってしまった腰をぐっと引きよせて、ちゅ、ちゅ、と口づけを繰り返す。髪に、額に、頬に、そして唇に。

「バンくん…バンく、んっ…」
「っジン…!」
「ふぁ…っあ」
 無意識か否か、キスの合間に名前を呼ぶジンに答えるように、だんだんと深くなっていくそれ。


(忘れてしまえばいいのに)

 今までのことも、つらいことも、悲しいことも、あの人のことも全部。

(おれだけ、見ていれば、いいのに)


 背のあたりに手をまわしていたジンの指が強張る。
 名残惜しそうに離れていく唇の、濡れて冷えていく感覚がやけに生々しい。
 どちらともなく、床に倒れこむ。

 お互いの熱い息を感じながら、この時間がずっと続けばいいのにと思うばかりであった。






2011/10/03
(雨の日の話)





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