ミソラ二中の昼休み、いそいそと昼食を終えた生徒達は、思い思いに残り時間を楽しみ始める。
 活動的では無いにしろ、ジンもその中の一人であり、今日は図書室へ赴こうか、などとぼんやり思いを巡らせていた、そんな、さなかのことだった。気付けば、廊下。しかも、校庭へと向かう生徒達の波から、まさに逆走するように思い切り手を引かれれば、ジンの戸惑いは広がっていくばかりである。

「あの、バン、くん」
「うん?」
「どこに行くんだい」
「まあまあ、いいから、」

 はじけんばかりの笑顔をむけられれば、ジンは意気消沈するしかない。まったく、何が、いいというんだろう。呆れながらも、言い返せない。ことさら……ジンはこの笑顔にどうにも、弱い。そんなジンを知ってか知らずか、バンはずんずんと、鼻歌でも歌いだしそうなくらい、上機嫌に歩みを進める。つないだ手のひらは、今日の天気みたいに暖かだ。
 さて、管理棟の階段を上れば、人通りは一気に少なくなる。というよりは皆無だった。もともと、特別な授業がない限り、生徒が訪れることのない場所である。日当たりのよい廊下を並んで歩きながらも、いよいよ目の前の想い人が、何をしたいのかわからない。溜まりかねたジンが今一度、バンくん、そう呼びかけようとした時、当の本人がいきなり進路方向を変える。慌てて後に続けば、果たしてそこは――

「……理科室?」
「うん、理科室」

 外からの日が差し込み、電気がついておらずとも明るいそこは、少しだけまぶしいくらいで。独特な匂いが染みついた理科室は、年に二回か三回か、その程度しか訪れることがない。窓の外から、はしゃぐ生徒達の声が微かに聞こえる。校庭からはそう遠くない場所にあるのだろう。未だうろ覚えな校舎の間取り図を思い出しながら、ジンは思う……いや、それにしても、それで、だ。

「バンくん、なんで君はこんなところ、」
「ねえ、キスしよう、ジン」
「に……?」

ねえ、キス、しよう。

 数秒、ぱちぱちと瞬きを繰り返していたジンの顔は、次の瞬間みるみるうちに真っ赤に染まることとなる。

あ、かわいいな。

 そんなバンの思いは届くはずもなく、ジンはくるりと背を向け、部屋を飛び出…そうとしたがあっけなく捕まった。

「逃げないでよ」
「……」
「ジン?」
「バンくん、ひとついいかい」
「うん?」
「……君はたまに、意味がわからない……」
「うわ、ひどいなジン……だって、」
「だって?」
「理科室、人いないじゃないか」
「……」
「……」
「………」
「………」
「すまない、やっぱり無理だ」
「あっ、ちょっと」

 再び逃げ出そうとするジンの手首をつかみ、あっという間に窓際に押し付ける。こうすれば見つからないよ、と理科室特有の遮光カーテンにくるまれば、先ほどの勢いが嘘のようにおとなしくなった。腰を引こうとするジンをさらに強い力で抱きこんで、そのまま覗き込むように見つめ合う。

「ね、ジン」
「でも…」
「でも?」
「ばれない、だろうか」
「…ばれないよ」
 たぶん、ね。
「本当、に?」
「本当に」
 ……たぶん、ね。
「…でも、やっぱり」
「目、閉じて、ジン」

 ジンの白い頬に手を滑らせる。熱がこもった視線をもって見つめる。目を瞑れば合図、触れるだけの口づけを、数回。息をつくたびに濡れて冷える唇が嫌に生々しい。しかし、お互いの顔は熱くなっていくばかりである。バンが思い出したように舌を差し出せば、ジンの口からは鼻にかかったような、上ずった声が漏れ出る。…いつものように強く拒絶されることはなかった。この状況に酔っているのは、どうやら自分だけではないようで。恥ずかしげに顔を背けようとするジンの顔をやさしく固定しながら、たどたどしく、夢中で舌を絡め合う。

「バン、くっ、ん」
「ん?」
「ふ、あ」
「…ジン、かわいい」

 合間合間に必死に呼び掛けてくる、相手がどうにもかわいく見えて、バンは笑みをこぼす。もう一度、と首を傾ける……と、不意に、カーテンの隙間から漏れ出る光が目に付いた。追って、窓の外を見やれば、人通りもまばらな中庭が見える。……いやな予感がする。案の定、こちらを見上げる視線、にんまりと笑った――

「………!!」
「…、ん……バン、くん?」
「あ、いや、なんでもないよ」

 不安げに見上げてくるジンのえりあしを撫でつけながら、視線で、必死にあっちに行けと強く念じる。対する相手は、気付いているのか気付いていないのか、へらへらと笑いながら何事かジェスチャーで伝えてくる。口の動きを追えば――

(ば、れ、ば、れ、だ、ぞ)
「……っ!」

 カーテンを強く引き、動揺を隠すように、ジンに強く口づける。何も知らない彼は一瞬、目を見開いてうろたえたものの、さらに深く口づければ、先程の淡いまどろんだ時が流れるのに時間はかからなかった。あれだけ渋っていた相手も、気付けば満更ではないようで。
 
 ――チャイムがなるまで残り3分、5時間目の、理科室使用は、確か無し。

「ねえ、さぼっちゃおうか」

 耳元でそう囁けば、驚いたように顔を上げる。最初は首を振っていたジンも、たっぷり時間をかけて悩んだあげく、昼休みを終えるチャイムの音と同時に、熱に浮かされたような顔で頷いた。どちらともなく、ずるずると床に座り込む。


“カズ、口止めしておかなきゃね”


 それを、口に出したりしたら、目の前の彼は、どんな風に怒るんだろうか。
 すこしだけ、興味がある。なんて






2012/03/03
(白昼堂々)





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