4時間目の授業も終わり、学生の多くが待ち望んでいたお昼休みの時間がやってきた。いつもなら屋上でテニス部のレギュラー陣と食事をとっていた莉藍だが、退部した今、そこに行くわけにもいかないし、行きたいとも思わない。
さて、どうしよう。と考えあぐねていると、みんなが莉藍を呼んで一緒に食べようと声をかけてくれた。
「こっち!こっちで一緒に食べよー!」
「あ、なら俺らここで食べるわ。ここならみんなと喋れるしな!」
「えー、タロちゃんこっち来るの?」
「べっ、別にいいだろ!」
改めてみんなの優しさに感謝し、莉藍は一つ頷いて用意してくれた椅子に座った。
初めてクラスメートと食べるお昼ご飯は、とても美味しかった。いつもは自分で作るか、パンを買っていく事が多かったが、今日は母親お手製のお弁当。そもそも不味い訳がなかったのだ。
「アイスいる人ー」
「あ、はーいはーいっ!いるいる!」
「あたしも!」
「あ、俺も行くわ。ちょうどジュース欲しかったんだよな」
一人の人がみんなにアイスをいるかどうか尋ねる。それにみんなはいると答え、チャリンとお金を渡していた。
「天羽は?いる?」
「え、あ、うん、欲しい!」
「おけ!なら今日は俺が奢ってやろう」
「え、いいよ!これくらい、」
「いいからいいから。俺からの退部祝いだ」
その男前な台詞に、クラスメート達はヒューヒュー!と口笛を吹く真似をした。それに気を良くしたのか、男も「もっと俺を褒めろ!」などと言ってしまっている。台無しだ。
それでも、その光景に莉藍の表情は緩んでいた。
まるで、輝かしいものを見る目で。
「よかったのかなあ…、お金…」
「いいんじゃない?甘えなさいよ!」
「…うんっ!」
そうして教室が和やかな雰囲気に包まれた頃、
――ガラッ!
いきなり教室のドアが開いた。
最初はアイスを買いに行った奴が帰ってきたのかと誰もが思ったが、そこから入ってきたのは全くの別の人。
男子テニス部レギュラー陣達だった。
幸村精市を筆頭にぞろぞろと入ってきた彼らは、一人の少女を守るように囲っている。
突然の人達の登場に、莉藍は目を見開いて固まってしまった。
「いきなりごめんね。莉藍、いるかい?」
幸村がにこりと笑ってそう尋ねる。しかし誰も何も答えようとしない。早く答えないと彼らの機嫌を損ねてしまうと知っていた莉藍は、カタン、と椅子を鳴らして立ち上がった。
それに慌てるのはクラスメート。くい、と莉藍の制服の裾を引っ張るが、莉藍は諦めたように微笑むだけ。
「……私に、何か用事?」
「あぁ、……部誌、どこにやったのかなって。聞きに来たんだ。部誌が見つからないって紗凪子が困っていてね」
「部誌…?部誌ならもう私は持ってないよ。部室のいつもの場所に置いたけど」
“いつもの場所”
そう言ったのは、最後の反抗だ。実を言うと紗凪子という人物は、マネージャーの仕事を全くしないというマネージャーとしてまるで機能していない人物なのだ。
だから、ようはそこら辺にいるミーハー女子と一緒。レギュラー陣目当てに入部してきた紗凪子は、部活後に残って書かなければならない部誌なんて書くわけもなく、そのまま莉藍を置いてレギュラー陣と帰ってしまうのだ。
紗凪子が来る前なら、レギュラー陣達も時間の遅くなり暗くなった帰り道を莉藍一人に歩かせる訳にはいかないと、莉藍が部誌を書き終えるまで待ち、莉藍と一緒に帰っていた。
それが、彼らの、そして莉藍の常だったはず、なのだが、
「そのいつもの場所にないから、紗凪子が困ってるんじゃないか。いい加減な事を言わないでくれるかい?」
まさか、こうも幸村が味方をするとは思わなかったのだろう。莉藍は思わずぎゅうっと拳を握りこんだ。
ちょっと考えれば分かることなのだ。なのに、幸村は考えようともしない。あんなに賢いのに、それを使おうともしない。
結局は、莉藍が何を言ったところで、無意味なのだ。
「…なら、私も知らない」
「その言い方はなんだよ!紗凪子が困ってんだろぃ!」
「知らない。もう私はテニス部じゃないの。テニス部の問題を私に持ってこないで」
泣きたいくらい、悲しくなった。
本当に、私たちの5年間は何だったの。
そんなに、薄っぺらいものだった?
違うでしょう?
「…帰って。もうすぐチャイムも鳴るよ」
震える声を隠し、できるだけ普段通りに話す莉藍のその異変に気付いたのは、一体何人か。
チャイムが鳴る、というのもあり、レギュラー陣達は莉藍を睨みながら帰っていった。
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