メリルがヨナ達と共に旅をするようになって数日が経つ。



「ちょっと、ハク。姫様と距離が近い、もっと離れて。年頃の女子おなごにその様に近づくだなんて不謹慎だよ」

「てめェこそ新参者のくせに姫さんに近い。出遅れ者は変態ジェハの所にでも行っとけ」



なんとも仲は良好のようで何より「やめなさい!ハク、メリル!!」



ぐぬぬ、といがみ合っていた二人を離したのは勿論ヨナ。すると途端にパッとお互いにそっぽを向いた。

子供の頃から変わらない二人の様子にヨナはクスクスと可笑しそうに笑った。



「そうだわ、メリル」

「なんでしょう、姫様」

「…もうそろそろ、自己紹介したら…?」



ヨナがそう言うのには無理もない。そう、メリルが共に旅を始めて数日経った今でも、メリルは自分の事を四龍達には何も教えていないのだから。



「…姫様がどうしてもと仰るのならば……」

「ふふ、いい子ね」



なでなでとメリルの頭を撫でるヨナに、大層畏まるメリル。その様子をハクは嘲笑しながら、四龍達は白い目で見ていた。

そうして向き直ったメリルはフードを取り、その瞳を四龍へ向けた。まるで、射抜くような捕食者の目を。



「イル陛下直々に命じられたヨナ姫様専属の従者、メリルと申します。どうぞよろしくお願いします」



にっこりと微笑むメリルの顔には、「必要以上に姫様に近づくとどうなるかわかってんだろうなあ」とありありと書かれていた。

そんな事など露知らず、ヨナは偉い偉いとメリルを褒めた。



「つーか1年もかかったのかよ、イル陛下直々の任務に。お前にしては長すぎねぇか?」



誰もが思っていた事を尋ねたハク。皆の目線を一身に受けているメリルは、ふぅ、と重い溜息を吐いた。



「確かに、陛下には半年程かかる任務だと承った。そして私もそれよりも早く終わらせるつもりだった。

けれど、予想外の事態が起きてね。帰るに帰れなかったんだよ」



何が起きたのかを詳しく言うつもりはないのか、そこで話を切った。ハクももう尋ねる気はないのだろう、ふーん、と興味なさげにメリルから目を離した。

他の者もあまり立ち入れないと思ったのだろう。夜が更けてきた事に気付き、早々に寝ることにしたのだった。














月夜が明るい。

背中を木に預けたまま寝ていた私は、ぐっすりと眠っているみんなを一瞥して、あまり音を立てないようにその場から離れた。



「…なんて、明るいんだろう」



今宵は満月。まるで己を主張するかのように煌々と輝きを放つ月を眺めていると、背後から気配がした。

ゆっくりと振り向くと、そこには案の定と言うべきか、憎たらしい笑顔を浮かべたハクがいた。



「よぉ、こんな時間に起きてたら背が伸びねぇぞ」

「余計なお世話だ、馬鹿ハク」

「可愛くねぇな」

「今更私に可愛さなんて求めないでくれる?」



当たり前のように私の隣に腰を降ろしたハクも、私と同じように月を見上げた。



「今夜は月明かりが眩しいな」

「いいじゃん、そういう日は滅多にないんだから」



こうしてハクと話すのも、1年振りだ。懐かしい、と目を細める。最後に話したのはそれこそまだ姫様が城で穏やかな日々を送っていたときだったから。


それを、あの男が。



「…本当に、何で1年もかかったんだ」

「またその話?もういいじゃん」

「お前なら、…メリルならもっと早く帰ってこれたはずだ。たとえ非常事態が起きようとも」



相変わらず鋭い男だ。

私は諦めたように息を吐き出し、ゆっくりと口を開いた。



「…そこは、城下町とはかけ離れた光景だった」



今でも覚えてる。

薬に脅え、溺れ、堕ちていく姿を。

必死に私に助けを求めて伸ばされた手が、無惨にも届かなかったことを。

ごめんなさい、と、謝る声を。



「…けれど、1年もいたくせに…私は何も変えることができなかった……」



道中で何度も耳にした言葉。



「“イル陛下は何をされているのか、私達を助けてはくれないのか”」






「“あの人は、ひどい王だ”」





耳を塞ぎたいと何度も思った。それでも塞がなかったのは、それが民の声だったからだ。



「けれど、私は…愚かだと言われ続けたあのお方が、どうしても愚かだとは思えないんだよ…。



武器を嫌い、戦いを遠ざけたあのお方が隠した傷跡を、知っているから」



それを知って、どうして愚王と言えようか。



「…そうか。で、お前1年もどこで任務してたんだよ」

「あれ、言ってなかった?」

「…知らねぇよ」

「ふはっ、そっかそっか。私はね、今まで……、



―――水の部族領にいたよ」



ハクがポカンとした顔を見せたのなんて、いつ振りだろうか。







「えぇ!? メリル今まで水の部族領にいたの!?」

「そうですが…だめです!姫様が水の部族領に行くなど危険すぎます!おやめください!!」



まさか行き先が今まで自分のいた水の部族領だとは思いもしなかったメリルは、首を横に振って行くな行くなと必死に言う。

それでもそこはヨナ。



「行くわ。私は…見なければならない。父上が治めていた国は、一体どんな所だったのかを」



紅い目でメリルを見据える。それにはさすがのメリルもお手上げなようで、



「危なくなったらすぐにハクを盾にすること。いいですか?」

「はーい」

「おい待てコラ」



そうして一行がたどり着いた所は、





――水の部族領、四泉。



さあ、貴方に水の部族は救えますか?