目が覚めたそこは、自室だった。
「…へい、か……」
どうしてこうなった?湧いて出てくる疑問は増えることはあれど解消することはなかった。
「目が覚めたんですね」
「…スウォン様、」
「いきなり倒れたのでびっくりしました」
目が覚めて良かったです、と微笑んだスウォンは、昔とどこも変わっていない。何だか昨日聞いたことが全て嘘であったかのように思えたが、スウォンがここにいること自体が嘘ではないと語っている。
「…今から、何かあるのですか?」
確信めいたような問いかけに、スウォンは息が詰まる。未だ下を向いて顔を見せないメリルだが、スウォンは何かを感じ取ったらしい。
「えぇ、……戦に、行ってきます」
「戦…?何処と…」
「……火の部族と、千州です」
「火の部族…っどうして、今更カン・スジン様が反旗を翻すなど…」
「千州と連合を組んで、もうこの高華へと向かってきています」
やっと顔を上げたメリルの顔は、驚愕に満ちていた。その大きな目をさらに大きく開けているところを見るに、予想もしていなかったのだろう。
無理もない。メリルの言う通り、本当に“今更”なのだから。
けれどスジンからしたらまたと無い絶好のチャンス。まだ五部族がまとまり切っていない今だからこそ、“偽王”を斬らねばならない。
その結果の、連合軍だ。
「あり得ない、あり得ない…!」
元々戦などは好まぬメリルにとってみれば、考えたくもない事態だった。そんなメリルだからこそイル陛下とは気が合い、戦う力を持たない陛下を守り、慕った。
それを、目の前の男が、全て、
そこまで考えてグッと奥歯を噛んだ。もう今更考えたって何もかも遅いのに、後悔だけは立派だ。
「私は、どうすれば…」
「空の部族として戦って下さい。貴女も空の部族の兵士の一人なのですから」
「っ、」
「なーんて」
メリルが言葉に詰まったのを見計らってか、スウォンはぽりぽりと頭を掻きながらへにゃりと眉根を落とした。
「1年ぶりに帰ってきたばかりのメリルを戦に出すなんて、そんな酷なことは言えませんよ。ちゃんと体を休めていて下さいね」
なでなでとメリルの頭を撫でて部屋から出て行ったスウォン。その後ろ姿をジッと見続けたメリルは、その撫でられた頭に手をやった。
「……どうして、」
――イル陛下を殺されたのですか
心優しい貴方が、何故。
一番聞きたかったはずのそれは、まるで聞くなと自分自身で戒めているかのようだった。
もうスウォン様は行かれたのだろうか。
ぼんやりと天井を見上げながらそんなことを思ったメリルは、何を思ったかいそいそと身支度をし始めた。
もう、此処には、緋龍城には居られない。
最低限に荷物を纏めて、外へ出る。門番に何処へ行くのですか、と尋ねられたメリルは「戦の手助けへ」と尤もらしい理由を口にした。門番もすぐに納得し、メリルを城から出すために門を開けた。
出る直前、メリルはくるりと振り返り、緋龍城へ深々と礼をした。
そうして、またもやフードを深く被り足を進める。それは、メリルが高華国に帰ってきて僅か一日という短さだった。
「馬が欲しいな…」
無い物を強請ったって出てくる訳でもなく、しょうがないと風に揺られながら目的地を急いだ。
何処か、なんて聞いてないからわからない。でも、分かる。それが何故かなんて、そんなの、
武将としての、自分の勘だ。
空の部族の直轄地、そして空都へ入る前の所に、彼らは居た。
もう既に戦は始まっていて、止める事など不可能だ。
馬から戦況を眺めているスウォンの姿を見つけたメリルは、彼に気付かれないようにこそこそと移動する。すると、ジュドの馬が虎の皮を被っている事に気づく。
「(え、うわ!ジュド将軍の愛馬が虎に変身してる…、これも作戦なんだろうけど…私だったら嫌だなあ)」
まるで他人事のそれをジュドが聞いたら怒声を浴びせた事だろう。現にそれを指摘した地の部族の将軍であるグンテが怒鳴られているのだから。
そんな時、千州の頭領であるハザラの近くで、揉め事が起こった。
もう土埃まみれの、メリルと同じような外套を身に纏った彼らは一体何者なのか。
いや、もう分かっていた
そんなもの、聞かなくたってわかる。
あの長い槍に、フードから覗く紅い髪。たとえ短くなっていたって、その暁の色は彼女以外あり得ないのだ。
「…生きて、おられましたか……」
安心したような声が、戦場に落ちる。まさかこんな所で会えるとは思ってなかったメリルにとってみれば、嬉しい誤算だった。
しかし、二人の周りにいる人たちは一体誰なのか。メリルの知っている限りではあの様な者たちは城には居なかったはずだ。
あんな、鱗のある手を持つ者など知らない。
あんな、高く高く跳ぶ者など知らない。
あんな、目を覆って敵を薙ぎ払う者など知らない。
あんな、頑丈な体を持つ者など知らない。
彼らは、何者だ。
軍配は、スウォンに上がった。
カン・スジンの死を持って終わった戦は、沢山の死者や負傷者を出した。得られたものは、果てして。
「…貴方様の事は、いつかヨナ姫様とご一緒になられるのだと…私は信じておりました」
どこか悲しげな瞳を浮かべたスウォンへ礼をして、メリルはヨナ達が消えた方へ歩み始めた。
そう遠くへは行ってはいないだろう、と、予測して。
再会の時は、近い。
←→