全てを投げ打ってでも、私は貴方を護りたいと思った

だから、だから貴方の護衛を担ったのに



申し訳ありません、ヨナ姫様











「――っと、すみません」



メリルは頭に被っているフード越しにぶつかった相手に謝る。相手も気さくな人だったため、そこらのゴロツキのように絡むわけでもなくニカリと笑って許してくれた。

相変わらず人が多いな

思わずため息が溢れるのも仕方がないだろう。メリルは早く城へ行ってイル陛下に会いたい気持ちをそのまま足に表して先へ進んだ。


――とうにイルが死んだ事など知らずに




「何者だ!」

「あぁ、こんなフード被ってちゃあ分からないですよね…っと、」



パサリとフードを取り、その顔を衛兵に向ける。メリルの顔を見た衛兵は即座に謝り、硬く閉ざされていた門を開けてくれた。



「さて、と。陛下とヨナ姫様は何方でしょうかねぇ…。ついでにハクも」



懐かしい人たちの名前を呟きながら足を進める。すると、見慣れた人物が目に入った。



「ジュド将軍!」



両腰に剣を携えているジュドを呼ぶ。いきなり呼ばれたジュドは眉間に皺を寄せたままメリルの方を向くと、その目を見開いて名前を呼んだ。



「メリル…!?」

「お久しぶりです。半年で終わらせる予定がつい長引いてしまいまして…」

「…あぁ、久しぶりだな」

「任務先では噂も何も届かない辺境の地でしたが故に、高華の事は一度も聞かなかったもので…。

して、ジュド将軍」



ほわほわとした雰囲気をガラリと変え、メリルは目を鋭く細めた。いきなりの変わり様にジュドは息を飲む。



「姫様は、何方に?」



あのヨナ姫が、大人しく部屋に居るはずはない。それは長年ヨナの護衛に付いていたメリルだからこそ気づいた異変。

自分の帰還はすぐにハクに伝わる。それをハクがヨナに伝えない筈がないのだ。だから、今ここにハクだけではなくヨナ姫も来ないというのは明らかにオカシイ。



「…お教え、下さいますよね」



ジュドに詰め寄るメリルを止めたのは、



「そこまでです。メリル」



ヨナの従兄弟でもある、スウォンだった。



「す、スウォン様…?何故貴方様が城に…」

「ふふ、いきなりで驚きましたか?」



にっこりと、まるで悪戯が成功したような笑みを浮かべたスウォンは、ゆっくりとメリルへ近づく。

突然の事にメリルは情報を処理しきれず、頭の中は軽くパニック状態だ。



「もしや今は何か祭典でも御座いましたか?ならば姫様は今はお支度中、」
「私が、高華国の王になったからです」



笑みを浮かべたまま、信じられないことを言ったスウォンにメリルは一瞬呼吸が止まった。



「…何を、仰って…。王は、イル陛下が…」

「イル元陛下ならば、もうこの世にはいません」

「っ御冗談が過ぎますよ…?ジュド将軍も、何故怒鳴らないのですか……、貴方は冗談が大嫌いだったでしょう…?」



嘘だと言って

そう目で訴えるメリルの願いを両断するかのように、ジュドは口を開いた。



「全て、本当だ。目の前にいるのは高華国の王、スウォン様だ」



目の前が、真っ暗になったような錯覚に陥った。

スウォン様が王?ならばイル陛下は?この世にはもういない?何を戯言を。


ヨナ姫様は?あの純真無垢で、争いなど何も知らない汚れ無き姫は、どこだ。



「ヨナ姫、様は…」



勝手に震える声。ジュドはそれに気づき、強く拳を握った。



「城には、いない」



瞬間、メリルはガッとジュドに掴みかかった。その目で追えなかったスピードに、スウォンは驚いた。



「(以前よりも断然速さが増している…すごい…)」



スウォンがそんなことを思っているなど知らず、メリルはジュドに向かって吠える。胸倉を掴まれたジュドは抵抗せずに、自分よりも小さいメリルを見下ろした。



「何故だ!! あの姫が城を追われるなどあり得ない!陛下のこともだ!! 誰が、誰があの心優しき陛下を殺した!!」



先程までの穏やかなメリルから豹変して、その空色の瞳に激昂を浮かべる。ジュドが真実を口にするのを言い淀んでいた時、



「私です」



静寂が、その場を包んだ。



「私が、イル陛下を殺しました」



落とされた真実に、メリルはジュドの胸倉から手を離してぺたりと尻をつく。力の入らなくなった体をそのままに、頭を下へ俯ける。

シャラリ、とメリルの右耳に付いている耳飾りが綺麗な音を立てた。その音はメリルの耳にするりと入り込んでくる。



「どうして、こんなことに…」



ハクはきっと姫の元へいるだろう。ならば姫は大丈夫。きっと、いや絶対にハクが守っているはずだ。



「貴方の、大事な方だったんじゃないんですか…?」



ぽつりとそう呟くと、メリルの体はぐらりと傾いた。倒れる寸前、スウォンがその身を優しく受け止める。



「…彼女を部屋へ運びます。ジュド将軍はまだこの事は内密にお願いしますね」

「…かしこまりました」








大事な人、か


はい、ヨナも、ハクも、勿論陛下も、



そして、メリル、貴方も、





とても、大事な人でしたよ