あれから、あの女生徒は転校したみたいだ。そのことを聞いた次の日の下駄箱に入っていた真っ白な手紙には、莉藍へのお礼と感謝の言葉がつらつらと並べられていた。

漸く平和が戻ってきた。と思った矢先に、面倒ごとはやってくる。



「…天羽莉藍さん、だよね」



藍色の髪をふわりと揺らしたのは、男子テニス部部長、幸村精市。

誰もが見惚れるような笑顔を浮かべた幸村は莉藍の机の真ん前に立ち、有無を言わさないような言い方で莉藍を誘った。



「ちょっと来てもらえるかな」



みんなからの注目を浴びながら教室の外に出る。自分の中学時代の主将と似たオーラを放つ幸村の背中を見つめ、そっとため息を零した。



「みんな、お待たせ」

「遅いっスよ!部長!」

「ごめんね、なかなか見つからなかったから。それとも何か文句でも?」

「な、ないっス…」

「それより!早く話始めようぜぃ!」



染めてある赤色の髪の男が口火を切った。赤司よりかは綺麗ではないが、それでも赤司と同じ赤。たったそれだけで何だか嫌に思えてしまうのは仕方がない。

早く終わらせてしまいたい。莉藍は何を言われるかなんて想像がついているが、それでも白を切り通すしかない、と面倒だという思いを押し殺してテニス部レギュラー陣を真っ直ぐに見た。



「…何の用ですか?」



なるべく穏便に済ませたい一心で、にこりと笑みを貼り付けて当たり障りのない敬語と声色で問いかける。すると、すぐに嫌悪の眼差しが莉藍を貫いた。



「「何の用ですか」って…それ、本気で言ってる?」

「本気ですよ。というか今まで接点のなかった人たちにこうして呼び出される意味もわからないんですが」

「てめぇっ!自分が何やったか忘れたなんて言わせねぇぞ!」

「麻巴を虐めるなど言語道断!!」

「この状況でよぉそんな嘘つけるナリ」

「人としてどうかと思いますね」

「嘘をついている確率99.8%」

「麻巴が泣いてたんだぜぃ!?」



集中攻撃される言葉の中に、ブン太が口にしたものに莉藍は意識を奪われた。

麻巴が泣いていた。だから何?それに私と何が関係あるの?

心底わからないとでも言いたげな莉藍の表情を読んだ幸村は、まるで底冷えするかのような目で莉藍を射抜いた。



「麻巴が昨日、泣きついてきたんだよ。君に虐められたってね」

「…そう、ですか……」



そして、それを貴方達は鵜呑みにしたということか。

早々に理解した莉藍は、ぎゅっと拳を握りしめた。勝ち目はない。だって目の前のこの人たちは、まず莉藍の事など知らないし、莉藍も目の前の人たちの事など知らない。

対して麻巴は、テニス部のマネージャーになってまだ日が浅いが、それでもこうして現にレギュラー陣の信頼を得ている。そう…、中等部から支えてもらった、麻巴よりも月日の長いマネージャーであった女生徒よりも。



「…私が、いつ、どこで、誰を、何したって?ちゃんと明確に、はっきりと言ってください」



危うくタメ口になりそうだったのをぐっと堪え(若干堪えきれてないが)、莉藍はそのぱっちりした目を細めて問うた。

レギュラー陣はぐっと言葉を詰まらせたが、すぐに反論する。



「そんなの、麻巴が泣いて、震えて訴えてきたんだ。それだけで十分だろう?」

「麻巴が嘘を吐くわけないじゃろ」



なんとまあ理屈に適っていない答えに、呆れてしまう。日本語が通じないのかと言いたいが、それだと余計彼らを逆上させてしまうだけだ、と莉藍は一つ呼吸した。



「私は何もしていません。勝手な言いがかりはやめてください。大体、私がその人を虐めてもメリットなんて一つもありませんから」

「麻巴が俺たちのマネージャーなのが気に入らない。だから虐めたんでしょ?」

「どうせお前も俺らの顔目当てなんだろぃ!」

「くだらん理由で麻巴を虐めるとは醜いやつナリ」



その後もぐちぐちと「俺ら目当て」や「俺らに気に入ってもらうため」、「麻巴が可愛いから」などとおかしな事を言うレギュラー陣。

それに、とうとう耐えていた笑いがついに零れてしまった。



「ふふっ、あははっ!」

「…何が可笑しいんだい?」

「ははっ、あははっ……はーぁ、笑かさないでよ…。何、私が貴方達に興味があるなんて思ってるの?ふふっ、なにそれ!自意識過剰?恥ずかしすぎでしょ、それ!」



笑いすぎて涙を滲ませる莉藍を、殺気立った目で睨みつける。やっと落ち着いたのか、深い深呼吸を何度か繰り返して、苛立ったレギュラー陣を見据えた。



「ふざけないで。誰もがあんた達に興味あるなんて思わないでくれる?イタイよ、そういうの。どうして私があんた達に気に入られないといけないの?」

「そうやって俺らに気がねぇフリして、逆に気ぃ引きてえんだろーが!!」



赤也が吠える。それは幸村達も思っていたことだから、何も言わずに莉藍の反応を待つ。

すると、莉藍の楽しそうな顔が一変して、無表情になった。



「…はぁ、それさぁ…自分で言ってて恥ずかしくないの?」

「は?」

「何言ってもそうやって思われるんだったら、もう何も言わない。…けど、一つだけ言わせてもらう」



空いていた距離をぐっと詰めて、レギュラー陣を睨みつける。触れ合える距離になったことでレギュラー陣は怒鳴り声を上げそうになったが、それより先に莉藍が口を開いた。

まるで針を刺すような、鋭い声で。



「三連覇してない弱者が、王者を名乗るな。虫酸が走る」



それだけ言うと、莉藍はもう何も言うことはないとくるりとレギュラー陣に背を向け、屋上から出て行った。


残されたレギュラー陣は、莉藍に言われた事が信じられないのか、誰一人として言葉を発さなかった。







「ほんと、弱い奴が粋がるなっつーの。うざ」



頭を掻きながら階段を降りる。途中で授業開始のチャイムが鳴ったが、それでも急ぐ事なく莉藍は保健室へ足を向けた。






title by さよならシャンソン