「田中ナイッサ!」



第2セットが開始した。まずは田中先輩のサーブからだ。試合はどちらも互角と言ってもいいだろう、此方が点を取れば向こうも取り返してくる。



「っと、」

「悠ナイスレシーブ!」

「オープン!」

「3番来るぞ!」



勢いを押し殺したボールはきちんとセッターの元へ。トスを呼ぶ東峰先輩に影山は答えてトスを上げる。東峰先輩は強烈なスパイクを叩き込むが、伊達工のブロックに止められてしまった。



「っしゃああ!次も止めんぞォ!!」



両者火がついた今の状況では、どちらも点取り合戦だ。点差は開くことはない。



「っしゃあ!」

「悠ナイッサ!」



ポンポン、とボールを跳ねさせて上へ放り投げた。キュッキュッとスキール音を響かせながら俺は高く、高くジャンプした。

勢いに乗ったボールはギュンっとまるで弾丸のように飛んでいき、腕を弾いた。



「……なんだよ、今の…」



ぽつりと滑り落ちた二口の言葉は、きっと誰もが思ったことだろう。そう、あの天才――影山でさえも。


痛そうに腕を摩る伊達工の人を一瞥し、俺は受け取ったボールをまた弾ませる。ちらりと視界に映った敦は、ゆるりと瞳を緩ませてふりふりと手を振ってきた。ぼろぼろとお菓子のカスを落としながら。



「ったく…食べ過ぎだっつの」



ふ、と変わらないチームメイトを見て気が緩んだのか、俺はさっきよりも鮮明にコートを見渡し、サーブを放った。














「オープン!!」

「東峰さん!」

「レフト来るぞ!」



キュキュ、と高い音が鳴る。東峰先輩はグンッと高く跳躍し、ブロックの間へ狙いを定めてスパイクを打ったが、ブロックの手はまるで読み通りとでも言うかのようにそれを遮った。



「オオオ!!」



青根の雄叫びが会場を湧き上がらせる。それに伴って伊達工コールもヒートアップしてきた。



「(前衛にあの小さい奴(悠)がいるし、ブロックは無理でしょ)」



二口が安定したサーブを打ってきた。俺は両腕を構えてじっと待つ。今あいつ、目で俺のことチビだって言った。絶対。



「あーあ、悠ちん怒っちゃった」

「?あまり変わったようには見えないけど…」

「まー、普通は分かんないだろうねー。でもさー、さっきとあからさまに違うし。悠ちんの目」



「ワンタッチ!!」

「カウンタァーッ!!」



「かっ…、烏野にだって――」



俺はギラリと目をギラつかせ、ぐんっと跳んだ。ドドッ!と音を立てながらボールは遮られる。



「“壁”はあるんですっ!!!」



先生のそんな声が、微かに聞こえた。それよりも俺は痛む手のひらにふうふうと息を吹きかける。いやー、痛い痛い。



「お、7番後衛じゃん」



つか顔怖い。ちらっと得点板を見るも、全然点差は開いておらず、ちょっとテンション下がる。――けど、



「(こういう接戦って、あんまなかったしな…新鮮でいいかも)」



ニッと口角を釣り上げてボールをブロックする。ドシャット決めた俺に澤村先輩がナイスブロック!と背中を軽く叩いた。



「…あーもー…」



なかなか開かない点差に、段々とイライラしてきた。新鮮だとは思ったが、バスケの時は一人で走って点を入れれば良かったし、チームになんて頼らなくても勝てた。点差が開かないなんて事はなかったし、むしろ圧勝だった。

それが今はどうだ?なんで俺はこんな奴ら(伊達工)と接戦なんてしてるわけ?おかしくね?

新鮮なのはいい。だが、俺はだらだらと試合をするのは好きではないのだ。



「…?おい、西島…?」

「んー?何、影山」

「いや…なんでもない…(こいつ、今一瞬オーラが…)」



あー、くそ。かったりい。

ぐしゃぐしゃと自分の髪を掻き乱し、そのせいで垂れてきた前髪をくいっと掻き上げる。クリアになった視界に俺はスッと目を細め、ぺろりと舌舐めずりをした。



「あ、悠ちんスイッチ入ったかもー」

「スイッチ?」

「だから言ったのに。悠ちんにチームプレーなんて無理だって」



赤ちんも分かってて止めなかったんだよ

気だるげな紫原の目は、どこか嬉しそうに悠を見つめていた。



「影山、ライト!」

「っ、西島!」


――ガガガッ!!


思い切り打ち込まれたスパイクは、ブロックを吹き飛ばして向こう側のコートへ落ちた。じんじんする右手を眺め、それからネットの向こう側へ視線を移す。

伊達工は今のスパイクに呆然と立ち尽くしていた。それは、どこかあの頃と酷似していたように感じる。


戦意を喪失した、あの頃の敵に。






そうして、とうとうマッチポイントを迎えた。

床に落ちそうになったボールを夕先輩が足で拾い、東峰先輩が鈍い音を立てて打った。ボールはブロックの手を弾き、ネット上をつつつ、と転がる。


そして、ボールは伊達工側のコートへ、


落ちた。



「オオオ「「っしゃあああ!!!」」




――試合終了

セットカウント 2−0

勝者:烏野高校



「ありがとうございましたーッ!」



やっと、終わった。

すごく長く感じた試合だったな。

疲れた肩をぐるぐると回していると、女の子の黄色い声が体育館に響いた。なんだ?とそこに目を向けると、圧倒的な得点差が広がっていた。



「…青葉城西の、初戦か」



菅原先輩が冷や汗をかきながら呟く。青葉城西、どこかで聞いたこと…、



「…“王者”も、“ダークホース”も、全部食って、

全国に行くのは青城おれたちだよ」



青葉城西、と書かれたユニフォームを身に纏い、ギラギラと目をギラつかせた一人の男が、ボールを持ちながら戦線布告を告げた。

その並々ならない気迫に、俺はうっそりと口角を釣り上げた。






「え、今から観戦?」

「当たり前だろ?」

「あー…なら、ちょっとだけ席を外してもいいですか?知り合いが来てて…」

「…なら、誰か付き添いを連れて行け」



烏養さんの言葉に、俺は付き添ってくれる奴を探す。流石に先輩を連れて行く訳にもいかないため、なるべく一年生を。



「なになに?西島どっか行くの?」

「え、あぁ…知り合いが来ててさ」

「西島の知り合い!? 俺も行く!」

「え、マジで?ならお願いしよっかな」



ちょうど日向が自分からそう言ってきてくれたお陰で、探す手間が省けた。ホッと息を吐いて行こうと促すと、何故か影山も着いてくることに。

…お前らほんと仲良いよな。



「知り合いってどんな知り合いなんだ?」

「元チームメイトだよ。中学の時のな」

「え?でも西島って中学は宮城じゃないんだろ?」

「そいつ、秋田の高校に行ってるから」

「「秋田!?」」



スポーツ推薦だよ、と俺の言葉に更に驚く二人。…シンクロしてるな。

まだギャーギャーと騒いでいる二人を宥めながら歩くと、前から見慣れた紫が歩いてきた。隣にはやはり俺の知らない奴がいる。



「むっ、紫頭…!? こ、怖ぇ…!」

「お前の頭もオレンジじゃねーか!」

「お、俺のは地毛だ!」

「あいつのも地毛だよ」

「え?」



戸惑う声を無視して、俺はひらひらと手を振った。まだ残っていたのか、ポテチをバリバリと食べながら相手も手を振ってくる。



「お疲れ様ー、悠ちん」

「言う程疲れてねぇの知ってるくせに、つか食べ過ぎ」

「いーじゃん、これないと生きてけないし、俺」

「ハァ…、あ、俺は西島悠です。敦とは同じチームメイトだったんです」

「敦からよく聞いてるよ。初めまして、俺は氷室辰也。よろしくね」



にっこりと綺麗に笑う氷室さんが手を差し出してきたから、俺もそれにそっと手を重ねた。



こいつがまた迷惑かけると思いますが、どうぞよろしくお願いします」

「ふふ、仲間思いなんだね」

「いや…まあ、」
「ちょっとー、俺の扱い酷くない?せっかく観に来てあげたのにさー」

「頼んでねぇよ」



悠ちんひどー、とのんびり言う敦は特別怒った様子も見せず、呑気にポテトチップスを食べていた。

だが、日向は相当びびってるらしく、もう涙目だ。



「てかさー、保護者連れてきたの?」

「ちげーよ。付き添いだ」

「一緒じゃね?」

「一緒じゃねぇ」



こいつと会話してると疲れる。

俺はそろそろ戻ろうとしたが、後ろから聞こえてきた敦の言葉に足を止めざるを得なかった。



「あ、そーそー。俺、IHに出ないから」

「……は……?」



まだIH予選の最中だろうに、突然IHの話をしだした敦。日向と影山も驚いたのか、目を見開いて驚いた。



「IH出場権はあるしー、IHには赤ちんが出るなって」

「征十郎か……」



敦は昔から征十郎の言うことに対しては従順だった(お菓子以外)。だから敦の口から征十郎の名前が出たことによって、俺はそれが敦にとって絶対であることを知った。



「……てなると、キセキが集うのは…ウィンターカップか…」

「そうなるね〜。ま、黒ちんが来るかは分かんないけどー」

「テツヤは来るさ。あいつが来ないわけがない」

「でもさー、黒ちんが行ったとこって新設校でしょおお?まだ無理じゃね?」

「テツヤが何の考えもなしに新設校に行ったと思うか?」



ニヤリ、と俺が笑うと、敦はきょとんと目をぱちぱちさせ、欠伸をした。



「ま、なんでもいーけどねー」

「…敦、お前……、」



そこまで言って、俺は言葉を飲み込んだ。今言う事でもないし、“あの誓い”もある。それはないだろう、と俺はゆるく首を振った。



「てゆーかさぁ、なんで悠ちんバスケやめたわけ?」

「……どうだっていいだろ」

「よくないから聞いてんのー。悠ちんがチームプレーとか無理に決まってんじゃん。それもこんな弱いチーム」

「っお前!」

「ほら、すぐ吠えるし。さっきだって悠ちんをスタメンとして出して、悠ちんをずっと使ってればすぐに勝てた試合だったじゃん」



敦の言葉は正論だ。さっきの試合は俺をすぐに出して、俺をずっと使っていれば、こんなに長引かずにすぐ勝てた。

けれど、それをしなかったのは、



「部外者には分かんねぇよ!俺たちにとって、さっきの試合は早く勝つことよりも大事なことがあったんだよ!」



影山は誰よりもバレーに熱い男だ。だからこそ今の敦の発言を許すことが出来なかったんだろう。

今回の試合は、エースの折れた心を取り戻す試合だったのだから。



「…まあ、いろいろあったんだよ、こっちにも」

「なにそれ、めんどくさ〜。ねえねえ、悠ちん一緒に陽泉においでよ。悠ちんが居てくれたら俺頑張れるからさー」



突然の誘いに驚くのは俺だけじゃなかった。側で聞いていた日向も影山も、ハッとしたように息を飲む。

俺はそれに気づかないふりをしつつ、敦に向かって苦笑した。



「敦の頼み事ならなんだって聞いてやりたいけどな、それは無理だ」

「……なんで?」

「…俺はもう、烏野の男子バレー部なんだよ」



そう言うと、敦はむすーっと怒った表情を見せる。あーあ、拗ねた。



「悠ちんがバスケやめるとか無理でしょ。今はまだ平気でも、絶対この先いつか飢えるよ、悠ちんは」



確信めいたその言葉は、当たっていた。

だってもう、すでに俺はバスケに飢えているのだから。

だけど、それを悟られないように俺は笑う。



「そんときは、一緒にバスケしてくれよ」



甘く、とろけたように言うと、敦はしばらく考えた後、仕方なさそうに頷いた。俺はキセキには甘いけど、キセキも俺には甘いのだ。



「じゃ、気をつけて帰れよ」

「わかってるしー。じゃあね、がんばってね〜」

「またね」



最後まで敦と氷室さんの後ろ姿を眺め、俺は日向と影山に向き直った。



「……大丈夫か?」



思わずそう聞いてしまったのは許してほしい。日向が死にそうだ。



「で、でけぇ……こえぇぇ…!」

「落ち着け!…敦の身長は2m超えてるからなぁ…」

「に!めー!とる!」

「まじかよ……」



白目を剥く日向に、冷や汗をかく影山。まあ、そうなるわな。もしもあの身長でバレーをしていたら、それこそ烏野だけじゃない、全国的に強敵になっていたに違いない。

それは敦だけじゃない。キセキの世代全員だ。



「敦は基本、バスケ以外のネジが緩いからな。お菓子も常に食ってるし、んで…まあ、子どもっぽい」

「へぇ……」



観戦席に戻りながら話す。日向も影山も、敦の印象が強すぎてなかなか頭から消えないみたいだ。



「てか!西島は……その、どこも行かないよな…?」



突然、不安げに聞いてきた日向。影山も気になるらしく、俺の返事を待っている。

俺はゆるく振り返り、綺麗に笑ってみせた。



「さっきも言っただろー?俺はもう、烏野高校男子バレー部だって」



その返事に満足したのか、日向も影山も上機嫌で俺を追い越して観覧席へと走る。




「……選択校ミスったかな、とはちょっと思うけどな」



ぼそっと呟いてから二人の後を追うように走って戻ると、試合はヒートアップしていた。熱気がこもり、応援団もより一層身が入っている。



「(……次、戦うのは……)」



青城、かな。

洗練された動きを上から眺め、俺は瞳を細めた。