試合は順調に進んでいく。田中先輩の力強いスパイクに始まり、夕先輩の素早く静かなレシーブ。それを繋ぐ東峰先輩の強烈なスパイク。そして、日向の高い跳躍スパイク。


あの初めて見せてもらった変人&速攻スパイクってのはまだ後でのお楽しみらしい。


結果、本気の烏野が初戦の勝利を掴んだ。



「お疲れ様です」

「おー!悠も出させてやれなくて悪かったな」

「いえ。あまり手の内をひけらかすのは良くないですし…上にいた青いジャージ着てた人たちって、敵なんでしょう?」

「あぁ、あそこが青葉城西だ」

「あそこが…」



部長と話しながらぼんやりと思い出す。整列しながらも強いのかとか考えてみたが、戦ったこともないのに分かるわけないかと早々に放棄した。

敗者の気持ちって、どんなものなのだろうか。

さっきまで戦っていた常波の人たちをチラッと視界に入れて、らしくないことを思ってみた。


次は、伊達工業――。



「んあっと…征十郎?」



なんだよこんな時に、と鞄から携帯を取り出す。LINEのアイコンに“1”と表示されていてそれをタップする。

送られてきた内容に目を通したと同時に、俺は慌てた。



「は?どういうことだよ!なんで敦が、いやつーか何広めてんだよ!」


もしかすると敦が見に行くかもしれない




もしかするとってなんだよ!うがー!と頭をわしゃわしゃしていると整列の時間がやって来た。敦の件はすごく気になるが、今はそっちを気にしてる場合ではない。

もういいやと諦めて中へ入った。







「先、レシーブになりました。コートはこっちで」

「おう」



伊達工の応援がコート中に響き渡る。耳が痛いとゴシゴシと腕で耳をこすりながらWUをする。

みんなが伊達工の空気にのまれそうになる中、



「ん、ローリングッ、サンダアァァ、ッアゲインッ!!」



技名はなんとも言えないが、見ているこちら側としては今のレシーブはすごかった。

どうやら前にも同じことがあったらしく、影山なんかは「前のと何が違うんですか?」なんて言ってる。



「よっしゃあ!! 心配することなんか何も無え!! 皆前だけ見てけよォ!!

背中は俺が、護ってやるぜ」



胸を張った夕先輩の言葉が、胸に響いた。田中先輩と日向、影山は顔を赤らめている。

あんな風に、言われたことがあっただろうか。今まで護ってやるなんて言われたことはなかった。


夕先輩のおかげでのまれ気味だった雰囲気はなくなり、今ではすっかり何時もの空気だ。


――ピーッ


「集合ー!!」



公式のWUが終わり、部長の掛け声に集まる。審判の笛の音が鳴り試合開始の挨拶を告げた。



「――1回戦見た感じだと、一発目強烈なサーブが来るはずだ!」

「サーブで崩して確実にブロックで仕留めて出端を挫くっていうのが、伊達工の立ち上がりのパターンぽい。そこは3月と変わってない」

「1本目、レシーブしっかり上げてけよ!」

『『オス!』』




監督と菅原先輩の指示は的確だ。会場で伊達工コールが沸き起こる中、俺は冷静に伊達工を分析していた。



「確かに向こうの壁は強固だ。でも、それを抜けさえすれば勝機は見える。音駒みたいになんでもかんでもレシーブで拾っちまうチームはそうそう居ないからな」



あー、だからその音駒が気になる。この中で唯一知らない学校にむすっと拗ねる。いいな、監督までもがこう言うんだ。強いに決まってる。



「で、わかってんな?影山」

「ハイ」



凛とした表情で監督に答えた影山の返事に監督は更に意気込みを叫んだ。



「“鉄壁”を切り崩してやれ!烏野ファイッ」

『『『オォッス!』』』




試合が始まった。スターティングメンバーは烏野でも強い人達。一発目の強烈なサーブを警戒して、一番レシーブ力のあるフォーメーションでスタートだ。

ドキュッと音を立てて放たれたサーブを、澤村先輩がしっかり上げた。見事に影山に返った綺麗なレシーブに烏野の調子は上がる。

フワッと山なりのトスを日向がいつも通り打とうと跳んだ瞬間、ギャッと激しいスキール音を立てながら7番のミドルブロッカーが即座に反応した。そのまま6番との二枚ブロックでスパイクを阻もうとしたが、日向は変な声を出しながらペチッとなんとも情けない音を響かせてなんとか一点を先取した。



「(ふーん…リードブロック、だっけ?上手いな…これが鉄壁って言われる由縁か?)」



俺は一人感心しながらベンチから眺める。隣の山口は出たそうにうずうずしてるが、正直言うと無理だろうってのが本音。

その後も東峰先輩がバックで打ったり、伊達工がネットタッチしたりとハラハラした光景が目の前で繰り広げられる。
けれど、どれだけ速い攻撃でもブロックが必ず二枚着いてくるっていうのは何とかしなければならない。



「あー、つまんね」



ボソッと呟いた言葉は、誰にも気づかれてないだろう。俺がつまらないと言ったのは、試合に出られないからじゃない。もっと極限なギリギリの試合がしたいから。

まるで欲求不満だなと苦笑する。パッと目をコートに向けると、ちょうど日向があの変人速攻を打ったところだった。当然伊達工は初めて見たそれに驚き、声も出ていない。一瞬の静寂、そして爆発的な大歓声が体育館を包んだ。



「やっとかー。遅かったな」

「伊達工の奴らも唖然としてるな!」

「嬉しそうですね、菅原先輩」



ニシシと笑う先輩はキラキラと輝いている。まあこれってある意味雪辱戦だしな。

そこからは快進撃だった。特に東峰先輩がパイプを決めたのは凄かった。てかあの迫力やばいわ。


そうして烏野は第一セットをもぎ取った。



「お疲れ様です」

「おー!な、どうだった!?」

「凄かったですよ!特に公式戦で変人速攻見るのは初めてだったんで尚更!」



夕先輩の上がったテンションに俺もテンションを上げる。そうか!と嬉しそうに笑った夕先輩はガシガシと俺の頭を乱暴に撫でた。



「2セット目は、最初から西島を入れていく」

「!え、マジっすか?」



突然のことに思わず涼太口癖が出てしまった。いや、驚くのも無理ないだろ!だってさ、この試合俺抜きでも十分イケるだろ!



「…分かりました」



けど、監督の指示だ。従わないなんて選択肢は持ち合わせていない。

公式戦初のバレー。練習とは違う空気に慣れるのにもいいかもしれない。



「(てか月島が代わりに出るのか…)」



月島も出たいだろうに、とチラッと月島に目を向けるが、いつも通り飄々とした表情で監督の説明を聞いていた。

俺はあれ?と小さく首を傾げながらも監督の指示を聞くことに専念する。



「俺は前衛スタートか…」

「大変だな、西島は1セット目出てない分あの7番の速さに慣れてないだろ?」

「え?あぁ…まあ、何とかなりますよ。東峰先輩っていうエースがいるし、最強の囮の日向もいますし!」



俺に出来ることを精一杯やるだけです、と微笑みながら「それに…」と続ける。



「向こうのブロックは、東峰先輩を“ロックオン”ですよ」

「あぁ…けど西島も睨まれてない?」

「気のせいですよ、……多分」



俺今回が初なのに何でだよ!とツッコミたいのを抑えてバッシュの裏を手のひらで拭く。これはもう癖みたいなもんだ。

ふぅ、と軽く息を吐き出すと聞き慣れた声が上から降ってきた。



「あー、悠ちんはっけーん」

「!!」



バッと俺は後ろを振り向き上を見上げると、そこには2mの紫色の巨人、もとい敦がいた。隣の人は誰だろうか、泣きぼくろが特徴的だ。



「おま、何でここに…!」

「そんなの悠ちんがバレー部に入ったって聞いたから見に来たに決まってるでしょー」



のほほんと新発売だろうか、見たことのないパッケージのまいう棒をむしゃむしゃと食べながらさも当然とばかりに言う敦に俺は頭を抱えた。

あーもう、見に来るんじゃねーよ。



「…はぁ、大人しくしてろよ!」

「んー、わかったー。てか悠ちんチームプレーとかできんの?」

「当たり前だろうが。俺は敦達とは違うんだよ!」

「ふーん。無理でしょ」

「黙ってろ!」



相変わらず口を開けば辛辣な言葉吐きやがって…!と、そこで俺たちのやりとりを見ていた周りの人に目が行き、即座に謝る。いやもう、澤村先輩の顔が尋常じゃないくらい怖かった。



「悠ちんもバカだよねー。自分のプレーを一回でもいいから観たらいいのに」

「彼はそこまでチームプレーが出来ないのか?」

「人並み以上には出来るんじゃなーい?でもさぁ、悠ちんは面倒臭がりだからさー、チームに頼るより先走っちゃうんだよねー」



そんな敦の言葉が聞こえている筈もなく、俺はネット越しに映る敵を見つめた。