父親に無理やり放り込まれたここ、星月学園の建物は凄く立派で、思わずここが田舎だということを忘れてしまいそうになる。


この学園に入学して早1ヶ月。早くも帝光中が恋しくなっていた。







「―――…であるから、ここはbe動詞の原型が入り……」



静かな教室では、教師の声がよく通る。私は教科書に隠れながら、大きな欠伸を一つ落とした。英語の授業は退屈で仕方が無い。私にとって英語は生活の一部だったのだから。他の教科にしてもそう。大体の事は知っているから、基礎から学ぶ必要は私にはない。



「えー、それじゃあ天羽。この問題を並べ替えて和訳してみろ」

「…はい。My hometown is not what it used to be. 私の故郷は、かつての故郷ではない。

「よくできた、座ってくれ」

「はい」



教師の満足気な声色にも何も思わない。“優等生”を演じきってる私は、教師にとってみればお気に入りにしたい生徒なのだ。


勿論そんな私を面白くないと思っている輩もいるわけで。




「おい、女がいい加減にしろよ」

「私何でも出来るんですー、みたいな済ました態度、こっちは見てて腹立つんだわ」

「あーあ、これなら夜久ちゃんの方が可愛気があるよな」

「けどあの騎士達がなー、邪魔なんだよな」



“夜久”。その名前は、この学園に入ったその日から幾度となく聞いた名だった。私の一つ上の天文科の先輩。しかし、唯一の女子生徒だったこともあり、その周りには彼女の幼馴染が必ず守っているのだとか。

科も違うから会ったこともなかったが、こんな男の巣靴では襲われそうになったことも一度や二度ではなかったはずだ。現に目の前の男達もそれと似たような会話を繰り広げているのだから。

それでも一度も襲われた事がないと言うことは、彼らの言う騎士達――幼馴染さん達が必死に守りきっている、という事だろう。



「ま、マドンナちゃんは無理でも?こっちは一人だし?」

「俺らとキモチイイこと、しようぜ?」



三人組の男達は、その目に欲望を孕ませながら空いていた距離を詰めてくる。冗談じゃない。何がキモチイイことだ。

一人の男が私に向かって手を伸ばして来た瞬間、私は素早く男の背に回り込み、その無防備な背中を蹴り飛ばした。突然の出来事に、残った二人の男は目を見開いて立ち尽くす。蹴り飛ばされた男は、顔が地面に擦れたのか、鼻から血を出している。



「お生憎様、私はその夜久先輩とは違い、ただ守られるだけの女ではないんですよ。それと、これは私の正当防衛。ま、貴方方が教師に訴えても、教師がどちらを信じるかなんて…明白ですよね?

方や勉強も出来て教師のお気に入り、しかもこの学園で二人目の女生徒。方や素行が悪く成績もイマイチ、しかも教師からはマイナスの目で見られてる……一目瞭然ですね」



クスリと馬鹿にしたように笑うと、男達は顔を真っ赤にして拳を振り上げて来た。図星を刺されたのだろう、もう何を喋っているのか聞き取れやしない。



「だっ、大体何で俺らの事をお前が知ってんだよ!!」

「うわ、今更?そんなのどうだっていいじゃないですか」

「うるっせェ!答えろ!」

「仕方ないですねぇ……優秀な参謀さんが調べてくれたんですよ。最近変な奴らに絡まれるんだけど、どうしたらいい?って相談したら一発。貴方方の事を一から十まで調べ尽くしてくれました」



ほんと、頼りになる。さっちゃんに調べさせたら百発百中。お陰でこうして脅す事や対処が出来たんだから。



「っくそ…!」

「、おい、そろそろ引き上げるぞ。生徒会が見回りに来る時間だ」

「チッ……あぁ、」



男達は悔し気に私を睨みつけ、悪者宜しく立ち去って行った。残された私は、その生徒会に出くわさないように、与えられた職員寮に早く帰ろうと男達とは逆の方へ足を向けた。



「あっ、待って!」

「おい月子!どうし…って、あの子は…」

「あ?あぁ…今年入学してきた女か」



ここでは滅多に聞くことのない女の人の声。それに加えて二人の男の声。間違いない、顔も見ていないけれど、誰かなんてすぐ分かる。

観念して私はゆっくりと後ろを振り向いた。勿論表情はにっこりと、笑みを浮かべて。



「わぁ!やっと会えた!初めまして、天文科2年の夜久月子です!よろしくね!」

「初めまして、宇宙科1年の天羽莉藍です」

「可愛い!あのね、私ずっと莉藍ちゃんとお話したいって思ってたの!だから会えて嬉しい!」



笑う夜久先輩に、彼女を挟むように立っている男の人二人も嬉しそうに頬を緩める。それにしても夜久先輩、笑うともっと可愛いなぁ。



「俺は東月錫也。月子と同じ天文科です。よろしくね」



私の目よりも少し薄い青い瞳。その瞳は弧を描き、更にその優しげな口調は、彼に柔らかい印象を醸し出している。

もう一人の男の人は、ムスッと口をへの字にさせている。そんな彼を東月先輩と夜久先輩が咎め、目をうろうろと泳がせてからゆっくりと口を開いた。



「……七海哉太、天文科2年」



それだけ言うと、顔を背ける。そんな子供っぽい動作に思わず笑ってしまった。しかし、やはり先輩としては後輩に笑われたのは心外だったのか、声を低くして威嚇してきた。



「…なんだよ」

「ふ、いえ…見た目と違って子供っぽいんだな、と思いまして…」

「な!てめ、」
「今のは哉太が悪いよ!そんな態度だとそう思われても仕方ないでしょ!」

「そうそう、冷静に対処できる天羽さんの方がよっぽど大人に見えるけど」

「〜〜っ、わーったよ!悪かったな!」



ガシガシと頭を掻く七海先輩。何だかその姿は私の幼馴染のみね君に似ている。あんな強面な見た目なのに、中身はザリガニが好きだとかバスケ頭だとか、とにかく子供っぽい。さっちゃんに怒られた時は、七海先輩の様にガシガシと頭を掻く。



「……会いたいなぁ…」

「え?」

「いえ、何でもありません。それでは私はこれで、失礼します」



当たり障りのない言葉を並べて、夜久先輩に引きとめられる前にそそくさと寮へ帰った。