――IH予選前日


いつもより早めに練習を終えて、いよいよ明日は予選本番。監督の話もそこそこに、澤村先輩が締めのセリフを言おうとした時、



「あっ、ちょっと待って!もうひとつ良いかな!? 清水さんから!」



武田先生にそう言われた清水先輩は、少し俯きながらゴソゴソと何かを取り出し、武田先生と一緒に2階へと上がっていく。そんな二人を俺たちは頭にハテナを浮かべながら見ていた。



「せーのっ」



その掛け声と共に、2階の手すりからおろされたのは、


“飛べ”



その二文字の入った、弾幕だった。



「「よっしゃああ!! じゃあ気合い入れて――」」
「まだだっ、多分――まだ終わってない」



先輩方の声に応えるように、清水先輩は小さく、が、と呟く。

そして、



「がんばれ」



その一言を、告げたのだった。

その後先輩方はみんな目から涙を流し、あの主将までもが大泣きしている。清水先輩信者の田中先輩と夕先輩は嬉しすぎたのか、最早声すら出ていない。



「1回戦絶対勝つぞ!!!」

『『『うおおおス!!!』』』





みんなの想いが一つに重なり、



翌日、6月2日

全国高等学校総合体育館(インターハイ)

バレーボール競技 宮城県予選

――1日目。




緊張なんて全くしていない俺は、眠気に耐えながらバスに乗り込む。影山と日向はもう元気満々だ。

すげーな、俺中学の時から朝早いのは毎回テンション低いからちょっと羨ましい。

バスでもしっかり睡眠を取り、着いた場所は仙台市体育館。本日の試合会場だ。



「大丈夫か?悠」

「ふぁぁ…大丈夫れす、」



澤村先輩の心配そうな声が身に染みる。こんな風に優しく声をかけられたのはいつぶりだろうか。


あまりの眠たさに、俺は半分寝かけで歩いていた。



「あの小さい奴って…千鳥山の西谷だよな…?中総体でベストリベロ賞獲ってた…」

「え!! そうなの!?」



耳に入ってきたのはそんな会話。え、てか夕先輩ってそんなに凄かったのか…まあ凡人ではないって事くらいは分かってたけど。



「それだけじゃない…」

「オイ、アレッてアレだろ…天才セッターって噂の――北川第一の“コート上の王様”…!?」



天才セッター…セッター…ああ、影山か。そうだったな、あいつ天才だったな。初めて日向の打点にボールを合わせてたのを見たときは鳥肌もんだったし…。


日向もなんか言われてたけど、リベロかな、なんて言われててちょっと笑えた。



「ッおい、あいつ…!」

「んあ?誰だよ」

「知らねぇのか!? キセキだよ、“キセキの世代”…!!」



ピクリ、と俺は肩を揺らす。まさかこんな所でそれを聞くとは思わなかった。と言うか、ここはバレーだろ?なのに何でそのこと知ってんだって話だ。


俺はそれ以上聞きたくなくて、とろとろ歩いていたのをやめて無理やり速く歩いた。



「うおおお…!人がいっぱいだ…!! 体育館でけぇっ…!そしてっ、

エアーサロンパスのにおいっ…!」

「何言ってんだオマエ」

「このニオイって“大会”って感じすんだよ!」

「わかる!」



日向達の会話を聞いていると、後ろからまた人が入ってきた。“伊達工業”。鉄壁を誇る高校だ。

するといきなり眉無しが東峰先輩に向かって人差し指を指した。その後ゆっくりと俺にも向ける。



「ちょいちょいちょい!やめっ、やめなさいっ!すみません!すみません!」

「いえ…」



眉無しを止めたのは、見たところ先輩、だろうか。ぐぐぐ、と押しているにも関わらず眉無しの指は俺たち2人に向けられている。



「おい、二口手伝えっ!」

「はーい。すみませーん、コイツエースとわかると“ロックオン”する癖があって…今までは2人とかなかったんですけど…。だから――

今回も、覚悟しといてくださいね」



生意気そうに宣戦布告をしてきた二口とやらは眉無しを引き連れて先へ進んだ。

その後、ユニフォームに着替えて少しの間皆で談笑。けれど俺は少し離れたところで柔軟をしていた。



「アップとるぞ」

「影山!わりぃ」



わざわざ呼びに来てくれた影山。俺はぴょんっと立ち上がり、膝の調子を確認しながら先に行った影山の後をついていく。

会場に入ると、日向が興奮したみたいで大きな声でそれを表していた。かく言う俺も久しぶりの大会だ。唯一違うのは、目の前に広がるのはバスケットゴールじゃなくてバレーコートだけど。


アップをとるために小走りで中へ入ると、突然日向が声を上げた。何だ?と俺も日向と影山の視線の先へ目を向ける。



「やっほー!トビオちゃん、チビちゃん。元気に変人コンビやってるー?」

「大王様っ…!」



ピースしながら話しかけて来た人を、日向は大王様と呼んだ。何故そんな変なあだ名?てか知り合い?と疑問は沢山だが、生憎問いかける時間はない。まず興味もない。俺はふい、と目を外してアップをとりに行った。





「あれっ、リベロがいるねえ。練習試合の時は居なかったのに…」

「なんかデカい奴も増えてんな…」

「おや…」

「それと…、新しい指導者…ですかね…?」

「誰だ、あのイケメン。あんな奴いたか?」

「いや、いなかった…。ふぅん、烏野…変わったねえ…?」





大王様達がそんな会話をしている何て知らない俺たちは、集合の合図で整列する。そして、


ピーーーッ



『『『お願いしアーーーッす!!!』』』





さあ、試合開始だ。





***


「アツシ?なんでこんな所に…」

「んー?…赤ちんの言ってる事が気になったからー」

「言ってる事?」

「…そー。あ、その前にお菓子買っていいー?」

「ハァ…、OK」





二人が目指すのは、今IH予選真っ只中の



宮城総合体育館だ