その日の夜、俺は帰ってきてすぐ冷やしておいた牛乳プリンを食べながら、バスケットボールを手でいじっていた。

なんだかんだ言っておいて、やっぱりバスケは好きなのだ。


――ピリリリ!ピリリリ!



「っ!ぁああ!! プリン落ちた!もったいねぇ、ティッシュティッシュ!! ってあーもー!鬱陶しいなぁ!誰だよくそ!……は?」



更に面倒ごとが起きそうだ。まだ鳴り止まない携帯に、俺はうんざりとしながら電話に出た。



「…はい、もしもし」

《悠っち遅いッスよー!どんだけ待ったと思ってるんスかぁー!》

「そこで待つなよ!諦めろよ!」

《ヒドッ!》



そう、面倒ごと=涼太、だったのだ。



「…で、何だよ」

《冷たいッスねえー、相変わらず》

「うるさい。用ないんなら切るぞ」

《わーわーわー!待って下さいッス!俺、黒子っちのところに負けたんスよ!》

「………………は?」



今、涼太は何て言った?黒子、…テツヤに負けた?いや、ちょっと待て、



「…涼太、負けたのか…?」



キセキの世代が、負けた…?

いくら下っ端とは言え、涼太は紛れもない天才だ。テツヤだけじゃあ勝てるわけがない、じゃあ誰が…



「…テツヤって、高校どこ行ったんだったっけ?」

《…誠凛高校、新設校ッスよ》

「せいりん……無冠の五将が1人いたところだっけ?」

《へ?あぁ、木吉鉄平、ッスね。俺が戦った時は居なかったッスよ?》

「え、でもそれ以外に涼太に勝てる奴なんて…」

《火神大我、……俺は、そいつと黒子っちにやられたッス》



火神大我…、聞いたことない名前だな。いや、待てよ……アレックスが言ってた弟子の名前にそんなのがいたような…。

どっちにしろ、あの涼太に勝ったんだ。そいつも天才、ってことか。



《ちなみに、黒子っちの新しい“光”ッス》

「そうか…でないと涼太に勝てるわけないもんな。テツヤもよく頑張ったよ。涼太も、お疲れさん」

《!!…悠っちが、悠っちが……!! 褒めてくれた……!!!》

「いや、褒めてない褒めてない」



ダメだ、こうなった涼太は止められない。電話越しに暴走している涼太をしばらく放置することに。



《――…で、悠っちはどこの高校にいったんスか?》

「ん?烏野だ」

《からすの…?どこにあるんスか?それ》

「宮城だ」

《みっ、みみっ、宮城!? 何で悠っちそんなとこに!? ていうか烏野なんて強豪聞いたことないッスよ!?》

「そりゃあ強豪じゃねーもん」



この分だと、まだ更にある話のネタにも食いつきそうだな…。



《ま、まあいいッス。で、もちろんIH出るんスよね?》

「あぁ、出るぞ。まあバスケじゃなくて、バレーだけどな。しかも県予選」

《!?ば、バレーぇ!? 何でッスか!悠っちバスケ部辞めたんスか!?》

「そ、やめたんだよ」



俺の言葉にギャーギャー騒ぐ涼太の声が、だんだんと涙声に変わってきた。

涼太、と優しく名前を呼んでやると、涼太はとうとう嗚咽が混じり出した。



《ぅっ、な、で…おれ、ッ悠っち、と、もい、っかい、バ、バスケ、やりたいのに…!》

「……別に、いつでもできるだろ。俺はバスケ“部”をやめただけで、バスケをやめるとは言ってない」

《!ぜ、絶対、ッスよ…!》

「あぁ、だからとっとと寝ろ!俺も朝練あるからしんどいんだよ!あとプリンも早くたべないと温くなるし!」

《ップ、相変わらずッスねぇ、そーゆうとこ》

「あーあー、自覚済みだ。じゃあな、…何か行き詰まったら連絡しておいで。


アドバイスぐらいならしてあげるからさ」

《っ、はいッス!》



涼太の元気な返事を聞いて、俺は通話を切った。その後、俺はLINEが来ていることに気づき、誰からだと開くと――



「テツヤ?」



テツヤからのLINEなんて珍しいな、と思いながらそこに書かれていたのを読む。そして俺はフ、と緩く笑みを零した。



お忙しいと思うので、LINEで報告します。まず、黄瀬君の進学した海常に勝ち、次に緑間君の進学した秀徳に勝ちました。事後報告ですみません。それと、……




「新しい光を見つけました、ねぇ…テツヤも頑張ってるんだな」



相変わらずの敬語に、クスリと笑みが零れる。こいつも今の俺の事を聞いたらきっと驚くんだろうな、なんて意地の悪いことを思いながら、俺は返信した。



「“そうか、キセキ倒し順調だな。せいりん、だったよな?テツヤが進学したの。俺はお前を応援してるぞ。あと、俺バレー部入った”……で、そう、しん!」



ふふふ、どんな反応をするだろうか。テツヤの驚きっぷりを想像して、俺はニヤッと笑った。












――次の日、誠凛バスケ部


「はい、休憩!各自ドリンク飲んでー!」



リコの言葉に部員達は息を荒くしながら、垂れてきている汗をタオルで拭う。その時、黒子はふと携帯を開いてみた。

すると、懐かしい名前が画面に出ていたのに気づき、慌てて携帯を操作する。そう、黒子はここに来るまでに携帯を一度も開いていなかったため、返信が来ていたことに気づかなかったのだ。


その慌てっぷりに先輩や火神達は目を丸くしてジッと黒子を眺めていた。すると、黒子がふんわりと優しく笑みを浮かべたことに更に驚いた部員たち。だが、次の瞬間、黒子がその笑みを崩してカシャン、と携帯を落とした事にも驚いた。



「おおお、おい黒子!どうした!?」

「かの、彼女か!? フられたのか!?」



火神や日向の的外れな質問には答えず、黒子はただただこのメールの送り主、悠への怒りを募らせる。



「……あの、プリン野郎……」

『『『ヒィィ!!!』』』



黒子の低い低ぅい声に、側にいた人たちは全員恐ろしさに情けない声を出してしまった。

そんなバカみたいな様子を見ていた監督のリコは、ハァ…とため息を吐いて、黒子が落とした携帯を拾ってその原因を見た。



「……黒子君、このLINEの遣り取りは誰と?」

「悠君です。キセキの世代の一人、西島悠君」

「へぇー、……ってええぇ!?? うそ!仲良いの!?」

「はい、悠君とはとても仲が良かったです。ですが…」



あのバカ、今度会ったら締めます。

とまぁ何とも物騒な言葉を吐いた黒子。リコにはその理由がなんとなくわかる気がした。なぜか?それは、このLINEの返信を読めば一発だ。



「(お気の毒、ね)」



触らぬ神に祟りなし。リコは何も見なかった事にして練習を再開し始めた。


休憩前となんら変わりない風景だが、一つ、変わったことと言えば……



「てめっ、黒子ォ!! イテェんだよ!!」

「まさか火神君、これが取れないんですか?ふざけてるんですか?そんなんじゃ負けますよ、つべこべ言わずさっさと取れ」

「スンマセンッしたァァア!!!」



黒子の投げるパス、イグナイトパスが剛速球へと変化したこと、だろうか。なんにせよ、火神乙。この日、誠凛バスケ部に“黒子を怒らせない”という暗黙の了解が出来たとか出来てないとか。