宮城にある烏野高校。俺はそこに進学した。

バスケの強豪校でもないのに、と中学のチームメイトは俺の進学先を知ったら口々にそう言うだろう。だけど、これでよかったんだ。



「…あそこに俺は必要なかった」



最後の全中の試合を思い浮かべて、俺は教室へ向かった。








「あっ、おはよー悠君っ!」

「え、ああ…おはよう」

「おーッス!なあなあ、部活考えてくれたか?」

「んー…やっぱり俺にサッカーは向いてねぇから、やめとく。悪りぃな」

「おっ、西島!はよ!ほれ、お前の好きなレモンティー」

「んぉっ、さーんきゅ!俺もまた今度奢るわー」



教室に行くまでにかけられる声。その一つ一つに返していると、いつの間にかチャイムが鳴ってしまった。

1組に着く頃には既にみんな席に着いている。これがもう日常化していた。

そんな中、いつも朝からボロボロの奴がいる。名前は日向、だったっけ。オレンジ色の髪のそいつは、バレー部に入部しているらしい。何でも入部初日で問題を起こしたとかしてないとか。まああまり興味ないからよくわかんないけど。



そうして今日もボーッと1日を過ごし、時は放課後。帰宅する奴もいれば、残って部活に励む者も。俺は前者だ。

バスケをやめた俺は、バスケ部に入部していない。帝光から烏野はだいぶ距離があるため、俺の事を知らない奴がほとんどだが、バスケ部は違う。



「西島!頼む、入部してくれ!」



こうしてほぼ毎日、俺を勧誘しにくるバスケ部の先輩方。第二体育館の入り口付近で大声でそう言われては、無視するのも出来ないのが現状だ。



「ちょっと声抑えて…中で部活してる奴もいるんですから…」

「頼む!西島がいればインターハイ出場も夢じゃない!他の名のある強豪校にも勝てるかもしれないんだ!!」

「だから…俺は、」


――ガラガラ


「……何騒いでんだ?山崎」

「さ、わむら……いや、1年の…勧誘、を…」

「勧誘〜?相手嫌がってんべ、無理やりはよくねぇだろー」

「菅原…!……西島、頼む。考えておいてくれ」



山崎、と呼ばれたバスケ部の先輩は、悔しそうな顔をしながらどこかへ行った。

ホッと俺は一息つき、止めてくれた二人にお礼を言う。



「あの、ありがとうございました。助かりました」

「いや、いいって!それより…バスケ部入んないの?」

「え、や、まあ……」

「ならバレー部見学してかない?な、大地!」

「そうだな、ほら、入ってこい」



おいでおいで、と手招きする二人の先輩につられて中へ入る。第二体育館にはバスケのゴールがなく、代わりに体育館一面にバレーのネットが張られていた。

体育以外で初めてまともに見るバレーコートに、少し感激する。



「…あ、日向」

「日向と知り合い?」

「あ、クラスが一緒で……」

「へえー、そうなんだ。ならさ、日向の近くにいる黒髪の目付き悪い奴、知ってる?」

「あー…っと、すんません。知らないです」

「あはは!そっか、そうだよな!あ、ほら見て見て。今から凄いことするから」



凄いこと?と首を傾げながら二人を見ていたら、日向がいきなり物凄く高くジャンプした。すると、目付き悪い奴が日向に向かってボールをトスした(これくらいの用語は体育で習った)。と、思った瞬間、日向の手のひらから思い切りボールが叩き落とされた。



「「っしゃあ!!」」



二人の嬉しそうな声が、体育館に響いた。



「あれが変人&スパイク。あの二人な、中学では因縁の相手だったんだべ」

「い、因縁なのにあんなチームプレイって…凄いですね…」

「そうだよなあ、すげーよなあ」



けど、この菅原先輩って人…さっきから目抜き悪男を見る目、


ちょっと諦め入ってる…?



「(…ま、俺がどうこう言う立場でもないし、放っとくか)」

「あー!お前同じクラスの!王子様!」

「!!?」



うんうん、と脳内で頷いていると、いきなり日向に大声で指をさされた。しかも王子様って何?



「おいコラボゲェ!いきなり大声出すんじゃねぇよ!」

「ってェ!じゃなくて!なあ!俺と同じクラスだよな!?」

「へ、うん。えと…日向、だよな?」

「おう!王子様は……」

「あれー?王子様の西島悠君じゃーん」



日向が俺の名前を思い出そうとしていると、不意に横からにゅっと入り込んできたのは身長デカイ男。190…あるかないかぐらい、かな。

にしてもデカイ、神様は不公平だ。なんで俺あんなにジャンプとかしてたのに身長伸びねぇの?ありえねぇ。



「つーかさ、その王子様って何?気色わりい呼び方すんのやめてくれる?」

「あははっ、怒ったぁ?ごめんごめーん」

「(こういうタイプ1番イラっとくる…。つか王子様って何だよマジで。そんなん涼太にでもやらしとけよ、いい迷惑だ)」



最近のストレスがここへ来て爆発寸前だ。中学はバスケで解消してたけど、今はボールにすら触れてない。それのせいもあって、ストレスは増えるばかりだ。



「なあなあ、バレー部入んない!?」

「………は?」



日向がいきなりそんな事を言い出してきた。何でバレー部?何で勧誘?わけわからん。



「やめとく、バレーなんて体育以外でしたことねーし、」

「へぇー、王子様怖いのーもしかしてぇ?」



う ざ い!!!

なんなのあいつ!マジでうぜぇ!怖い?誰が!俺にかかればバレーだろうがサッカーだろうがなあ、けちょんけちょんだ!

……とまあそんなの言えるはずもなく、とりあえずははは、と笑っておいた。



「こんな所にいたのかよ、西島」



そんな中、雰囲気の読めない奴が一人、体育館へ足を踏み入れた。



「…誰?」



誰もが思ってることを日向がこてんと首を傾げながら口にする。そりゃーそう思うわな。呼ばれた俺だって知らねーもん。



「…なんだよその顔。まさか忘れたとか言うんじゃねぇだろうな?」

「あー…わりぃ、誰だっけ?」

「…ッ、お前らキセキの世代に潰された元樫宮中男子バスケ部だ!」



かしみや?



「…あー、…ほんとごめん。覚えてねーんだわ」



特に弱い奴は、な。

さすがに最後のは言えず、ぐっと飲み込んだがもしここに敦とか大輝とかいたら絶対言ってただろう。

目の前の男はふるふると震え、怒りを体全体で表している。



「ざけんじゃねェ!!」



よく吠える。負け犬みたいに見えるな、と内心嘲笑ってみる。

…あ、負け犬で思い出した。



「もしかして…第2Qまで頑張ってたところ?」



ぽんっと頭に浮かんだシーンを口にすると、男はそうだとでも言うように大きく首を縦に振った。

へえ、そうだったのか。あん時もよく吠えてたよなあ。



「けどさ、結局最後は諦めてたじゃねーか。ボーッとコートに突っ立ってさ、マジであーいうの邪魔だからさ…今度からやめてね」



俺たちの才能の前に、樫宮中は絶望で動かなくなってしまった。樫宮中だけじゃないけど、ああいうのは試合の邪魔だ。



「そんな言い方やめろよ!」

「…日向には関係ないだろ」

「邪魔とかなんとか…もうちょっと違う言い方があるだろ!」



そうだ、日向は熱血タイプだった。すげーうるさい。



「…うるさいなあ、大した実力もない奴が意見言うのやめてくれねえ?さっきのスパイクもさ、そこの奴が正確にトスを上げたから日向が打てたんだろ?

自分の実力みたいに言うのやめろよ、腹が立つ」



口から零れるのは、なんだ?

とめて、誰が俺の口を塞いで。

こんな事言いたいんじゃない。



「じゃあ、お前は俺のトスが打てるとでも言うのかよ」



そこで、黒髪が今までよりも更に目つきを悪くして俺にそう言った。



「……打てるよ」

「日向よりも低いその身長でか?」

「俺を凡人扱いすんのやめてくれる?」

「っ西島!やめろよ!」

「元樫宮の…黙れって」



スイッチの入った俺は、もう止まらない。

簡単にストレッチをして、体を解す。充分に温まったところで、俺はコートに入った。



「西島を止めてください!」

「いや…大丈夫だろ」

「王様のトスを打てる人なんているわけないじゃーん」



王様のトス

それは、どういう意味なのだろう。バレー経験のない俺には見当もつかないが、関係ない。


ただ、速く跳ぶだけなのだから。